〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
 捜査会議終了後、捜査員達が散り散りに会議室を後にする。捜査担当の振り分けが決まるまで待機の美夜は、スマートフォンの検索ページに望月莉愛の名前を打ち込んだ。

『何してるんだ?』
「さっき、少しだけスクリーンに映ってた莉愛を中傷する掲示板がどんなものか見てみようと思って」

 美夜が閲覧しているのはリベンジポルノが流出した直後に作られた望月莉愛の専用スレッドだ。美夜のスマホに九条も横から視線を落としている。

『匿名掲示板なんか見たら胸くそ悪くて昼飯食えなくなるぞ』
「そうね。確かに数行読むだけで胸くそ悪い」

 莉愛の性交動画に歓喜する男、失望したと嘆く元ファン、顔も見たくない、二度とテレビに出るな、娼婦はフルリールを止めろ、男好き、他のメンバーに迷惑かけるな、アイドルは神聖なものでいて……。

よってたかって匿名を盾に好き勝手に書き込んでいる。

『ネットで叩く人間が厄介なのは、自分は正義側だと思い込んでいるところだな。匿名で人を吊し上げて笑い者にしている時点で正義じゃない』

 九条の意見に美夜も同意した。ここに書き込まれている内容は決して中傷だけではない。
中には正論とも思える意見もある。問題は言葉選びと限度だろう。

莉愛だけを責めるのは間違っている、悪いのは動画を流出させた男側など、莉愛を庇う意見の他には、莉愛の落ち度を指摘する意見が散見された。

 いじめる者が圧倒的に悪いと主張する人々と、いじめられる側にも原因があると主張する人々の言い争い。

 落ち度を指摘する者達は、明らかにされていない莉愛の事情を察しもせずに、複数の男と行為に及んだ莉愛をひたすら責め続ける。俗に言う被害者叩きだ。

何事もやり過ぎると善の行いも悪に変わる。正しい主張も、引くべき時に引かないと人を追い詰めるだけ。

 “正しさ”は簡単に人を殺せる。

 あらぬ方向に転じて悪口大会になれば歯止めが効かない。話題がなくなれば掲示板内で意見の食い違いから喧嘩が始まるここは、人の醜さが可視化された世界。

「暴論を黙らせるには感情的にならずに正論で返す、それが最も効果的なの。だけど正論だって凶器になる。刃物は正しく使わないと人を刺す」
『やり過ぎた正論は人を殺すよな。莉愛を自殺に追い込んだのは強姦やリベンジポルノだけじゃない。ここに集まって莉愛を叩く奴らは全員が、莉愛を殺した共犯者だ』

 匿名掲示板は、個人でアカウントを開設するSNSよりも画面の向こうにいる人物像を想像しにくい。書き込みの口調によっては年齢や性別をいくらでも誤魔化せる。

ここでは職業も関係がない。偽ろうと思えば何者にもなれる場所。
誰もが裁きの神になれる。

 休み時間の教室、会社の食堂、行き帰りの電車内、子どもが遊び回るリビング、そんな場所でなに食わぬ顔で誹謗中傷を書き込む者達。

勤勉な優等生だと評価されている学生、新人の指導をする社会人3年目、職探しに面接に向かう無職の人間、家事と育児に追われる主婦、家族の前では笑顔を作る父親と母親。

 掲示板に集う人々のそれぞれの表の顔が思い浮かんで、寒気がした。



Act1.END
→Act2.魔葯悲訳劇薬 に続く
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