〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
 美夜を抱き寄せようとして思い留まった手を額に当てて、九条は大きな溜息をついた。大きな手のひらで少し触れた彼女の肩は非常に華奢で、彼女が“女”だと九条に知らしめる。

 九条は廊下の角を一瞥した。刑事のわりにあの男はかくれんぼが下手くそだ。

『出てこいよ、南田。お前に覗きの趣味があったとは初耳だ』
『覗きたくて覗いたわけじゃない。職場でラブコメをやりだす九条が悪い』

曲がり角から現れた同期の南田康春の言葉はもっともで、言い返せない。

『残念な知らせだ。神田さんがいない間のお前のバディ代理が俺になった』
『うっわっ……。それは残念過ぎる』
『光栄に思って有り難がれよ』
『光栄でもねぇし有り難くもねぇよ』

 渡り廊下の壁に並んでもたれる二人の男の体格差は真逆だ。

180センチの九条に対し南田の身長は172センチ。それでも成人男性の平均身長だが、九条の身長が高すぎるがゆえに、並んだ時の二人のシルエットはデコボコだった。

『好きなら好きって素直に言えばよかったじゃん』
『……は?』
『神田さんに惚れてるんだろ?』

 南田の一言は九条にとって青天の霹靂《へきれき》。最初は何を言われているかわからず、南田の言葉を脳内で反芻《はんすう》してようやく意味を理解した。

『なんでそうなるんだよ』
『まさか無意識? 無自覚? どこまで鈍感なんだ? 抱き締めようとしたその手は何?』

 南田が指差す先には、美夜の肩に触れた九条の右手が開いている。九条は右の手のひらをまじまじと眺めて、心を乱す歯がゆい想いの正体を知った。

『そう、なるのか……』
『アレはどう見ても好きな女に誕生日プレゼント渡す片想いの男の図』
『だから、プレゼントはバディとしてだって』
『建前はな。でもわかるよ。俺もお前の立場なら惚れてたかも』

 二度目の青天の霹靂は衝撃と焦りの感情が入り交じる。惚れた腫れたの話題の中心があの神田美夜になるとは、バディを組んだ当初は考えられなかった。

『まさか南田って神田のこと……』
『日本人なら日本語をちゃんと聞け。お前の立場ならって言ったんだ。神田さんは同僚として信頼してるが、そういう目では見てない。第一、俺は彼女いるから』

 三度目はもう霹靂すら起きない。打ちのめされた気分で九条は大柄の肩をすくませた。

『彼女できたなんて聞いてねぇぞ……』
『言う必要ないし』
『お前に彼女いるのがなんか、すっげぇショック』
『失礼な男だな。話を戻すと、神田さんって危うい面があるだろ。見ていてほうっておけないと言うか。誰にも弱さを見せないように強がって本心を隠してる』
『南田は観察眼だけはあるよな』
『お前の失礼にいちいち突っ込むのも疲れた。だからそういう人の側に四六時中いると、お前みたいなお節介はほうっておけなくて情が移るんじゃないか?』

 美夜の危うさに気付いたのは意外とバディ結成の最初の頃だ。
春に起きたデリヘル嬢連続殺人の犯人に、美夜は“ある指摘”を受けている。その時に初めて精神が揺らぐ彼女を目撃した。

『情か……』
『愛情とも言うし同情とも言うが。神田さんへの気持ちがどっちなのかは、お前じゃないから俺は知らない』
『正直、俺もどっちなのかわかんねぇよ。お前の言う通りほうっておけないのは確か。それが恋かと言われると……』

 以降もたびたび、被害者にも加害者にも情を挟まない美夜の感情を揺らす出来事が起きている。
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