〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
『事情聴取の担当、お前?』
「私がさせてもらえると思う?」
『ふぅん。外されたのか』
「誰かさんのせいでね」
警視庁捜査一課が置かれたフロアにエレベーターが到着した。
美夜と愁の二人きりの時間もここまで。口を開いたエレベーターの向こうで美夜達を待っていたのは小山真紀と杉浦誠、九条大河だ。
信頼する上司と同僚、相棒の顔を目にしても少しも心は穏やかにならない。真紀と杉浦に連れられて取調室に向かう愁の堂々たる背中を見据えた美夜は、覚悟が決まっていないのは自分の方だと悟った。
愁を逮捕したいと思うのも逮捕したくないと思うのも、どちらも美夜の真実だ。
最後の最後に、彼女が選ぶ真実はどちらになる?
「九条くん、私……今どんな顔してる?」
取調室の隣室に共に入った九条に投げた呟きのボールが、マジックミラーにぶつかって跳ね返る。マジックミラーを通して見える取調室では、聴取される側の席に木崎愁が座っていた。
取調室よりも照明を落とした薄暗い室内で九条は美夜を一瞥した後、マジックミラー越しの愁に視線を戻した。
『木崎と同じ顔してる。せっかく会えたのにキスもできなくて寂しいって顔。お前らはロミオとジュリエットか?』
「喧嘩売ってる? 真面目に聞いてるの」
『こっちも真面目に答えてるんだけど。一課長と百瀬さんが入ってくる前に女の顔は封印しておけ。今は俺しか見てないから』
触れた頬はいつも通りの手触りだった。九条の言う女の顔は、どこをどうすれば封印できるかさっぱりだ。
両頬を軽く叩いて数秒間、目を閉じる。そのままゆっくり息を吐き出した彼女は、表に出ようともがく女の顔に、刑事のポーカーフェイスを被せて蓋をした。
愁の聴取担当は真紀だ。補佐には杉浦が付き、真紀と愁がスチールの机を囲んで向かい合った。
まずは先日の立てこもり事件の聞き取りから入る。
美夜と九条の小型カメラで撮影した映像をタブレットで流しながら、当時の愁の行動を順を追って確認した。真紀が繰り出す質問に淀みない返答を返す愁のポーカーフェイスはまったく崩れない。
「この場面での滝本への対処は見事でした。武道の嗜《たしな》みはいつ、どこで?」
『幼い頃に合気道や空手に剣道、武道の習い事は一通りこなしてきました。一度体に身に付いた技術は消えませんよ』
「習い事で身に付けたわりには、木崎さんの動きは日頃から身体を使い慣れている……そう見受けられました。腕っぷしの強いうちの刑事でも、あそこまで動けませんよ?」
『キックボクシングのジムには趣味程度に月数回通っています。ジムのオーナーに確認いただいてけっこうですよ』
犯人グループ制圧に際して愁が見せた格闘技の数々は、民間人の技量を越えていた。
警察官の美夜と九条を凌《しの》ぐ体力、銃を向けられても保てる平常心と正常な判断力は、企業の会長秘書を務めているだけで培《つちか》われるものではない。
殺伐とした殺人業務と愁との関わりを誰もが連想した。これが愁とジョーカーを結びつける糸口となると踏んだ捜査本部は、愁のポーカーフェイスの切り崩しを試みる。
だが、愁は格闘慣れをキックボクシングのジム通いのおかげだと証言した。彼は新宿のキックボクシング専用ジムの名前を告げ、悠々と椅子に深く腰掛けた。
そう簡単には愁もジョーカーの顔を覗かせない。切り崩せるなら崩してみろと、ポーカーフェイスの口元が挑発的に微笑んでいた。
「私がさせてもらえると思う?」
『ふぅん。外されたのか』
「誰かさんのせいでね」
警視庁捜査一課が置かれたフロアにエレベーターが到着した。
美夜と愁の二人きりの時間もここまで。口を開いたエレベーターの向こうで美夜達を待っていたのは小山真紀と杉浦誠、九条大河だ。
信頼する上司と同僚、相棒の顔を目にしても少しも心は穏やかにならない。真紀と杉浦に連れられて取調室に向かう愁の堂々たる背中を見据えた美夜は、覚悟が決まっていないのは自分の方だと悟った。
愁を逮捕したいと思うのも逮捕したくないと思うのも、どちらも美夜の真実だ。
最後の最後に、彼女が選ぶ真実はどちらになる?
「九条くん、私……今どんな顔してる?」
取調室の隣室に共に入った九条に投げた呟きのボールが、マジックミラーにぶつかって跳ね返る。マジックミラーを通して見える取調室では、聴取される側の席に木崎愁が座っていた。
取調室よりも照明を落とした薄暗い室内で九条は美夜を一瞥した後、マジックミラー越しの愁に視線を戻した。
『木崎と同じ顔してる。せっかく会えたのにキスもできなくて寂しいって顔。お前らはロミオとジュリエットか?』
「喧嘩売ってる? 真面目に聞いてるの」
『こっちも真面目に答えてるんだけど。一課長と百瀬さんが入ってくる前に女の顔は封印しておけ。今は俺しか見てないから』
触れた頬はいつも通りの手触りだった。九条の言う女の顔は、どこをどうすれば封印できるかさっぱりだ。
両頬を軽く叩いて数秒間、目を閉じる。そのままゆっくり息を吐き出した彼女は、表に出ようともがく女の顔に、刑事のポーカーフェイスを被せて蓋をした。
愁の聴取担当は真紀だ。補佐には杉浦が付き、真紀と愁がスチールの机を囲んで向かい合った。
まずは先日の立てこもり事件の聞き取りから入る。
美夜と九条の小型カメラで撮影した映像をタブレットで流しながら、当時の愁の行動を順を追って確認した。真紀が繰り出す質問に淀みない返答を返す愁のポーカーフェイスはまったく崩れない。
「この場面での滝本への対処は見事でした。武道の嗜《たしな》みはいつ、どこで?」
『幼い頃に合気道や空手に剣道、武道の習い事は一通りこなしてきました。一度体に身に付いた技術は消えませんよ』
「習い事で身に付けたわりには、木崎さんの動きは日頃から身体を使い慣れている……そう見受けられました。腕っぷしの強いうちの刑事でも、あそこまで動けませんよ?」
『キックボクシングのジムには趣味程度に月数回通っています。ジムのオーナーに確認いただいてけっこうですよ』
犯人グループ制圧に際して愁が見せた格闘技の数々は、民間人の技量を越えていた。
警察官の美夜と九条を凌《しの》ぐ体力、銃を向けられても保てる平常心と正常な判断力は、企業の会長秘書を務めているだけで培《つちか》われるものではない。
殺伐とした殺人業務と愁との関わりを誰もが連想した。これが愁とジョーカーを結びつける糸口となると踏んだ捜査本部は、愁のポーカーフェイスの切り崩しを試みる。
だが、愁は格闘慣れをキックボクシングのジム通いのおかげだと証言した。彼は新宿のキックボクシング専用ジムの名前を告げ、悠々と椅子に深く腰掛けた。
そう簡単には愁もジョーカーの顔を覗かせない。切り崩せるなら崩してみろと、ポーカーフェイスの口元が挑発的に微笑んでいた。