〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 定時時刻を過ぎているためだろう、初めて訪れる夏木コーポレーションの受付カウンターに受付嬢の姿はない。人の出入りもまばらなエントランスのセキュリティゲートの前で、スーツ姿の男が待ち構えていた。

『会長第二秘書の日浦と申します。木崎からお二人を会長室までご案内するよう言い付かっております』

 穏和な笑顔を浮かべて近付く日浦に美夜と九条は会釈する。渡されたゲスト専用のIDパスでセキュリティゲートを通過した二人は、日浦と共にエレベーターホールで立ち止まった。

日浦とは特に話す話題はない。にこやかな第二秘書の話相手は、専《もっぱ》ら九条が務めている。

『日浦さんは第二秘書なんですね。会長に付いて長いんですか?』
『私は今年から夏木会長の側に。以前は別の企業で社長秘書をしておりました。……どうぞ。途中のスカイロビーで乗り換えとなります』

 最初に乗り込んだエレベーターも、スカイロビーで乗り換えた高層階直通のエレベーターも、来客用はどちらもガラス張りのエレベーターだった。
それだけのことでも、虫の居所の悪い今の美夜には鼻につく。夏木コーポレーションはどこまでも偉そうな企業である。

 案内されたのは高層階の応接室。日浦が開けた扉の向こうには、会いたいのに会いたくない男の顔が待っていた。

『お連れしました』
『ご苦労さん』

椅子から立ち上がった木崎愁は美夜を見て白々しく腰を折る。夏木コーポレーション会長秘書としての仮面を、愁は完璧に被っていた。

「お久しぶりですね」
『そちらも元気そうでなにより』

 愁は美夜を見ても顔色を変えない。彼の反応は予想の範疇《はんちゅう》ではあっても、美夜の胸中は騒がしかった。

こちらは生理痛の痛みを薬で誤魔化して働いていると言うのに、何が“元気そうでなにより”だ。
愁の他人行儀な振る舞いに苛立ちが増す。

『警視庁捜査一課の九条です』
『夏木会長第一秘書の木崎です。お掛けください』

 愁と向かい合う形で美夜と九条は重厚なソファーの上座に腰を沈めた。日浦は茶の用意で席を外し、応接室にいるのは愁と、美夜と九条の三人だけ。

「夏木会長との面会の約束でしたよね? 会長はどちらに?」
『生憎《あいにく》、会長は外出中でして。代理で私が話を伺うよう会長から申し使っていますよ』

この時間を面会に指定した愁の意図が読めた。愁はわざと夏木会長がいない時間を狙って美夜を呼んだのだ。

「謀《はか》ったわね」
『会長に会わせるとは言っていない。俺も暇じゃないんだ。さっさとそちらの要件を済ませてもらえるか?』

 口調だけは秘書の仮面を外した愁と美夜の睨み合いの外側で、九条が話の進行を担った。

『一昨日、大田区の浜辺で身元不明の人骨が見つかりました。DNA鑑定の結果、見つかった人骨はフラワー空間デザインの会社を経営する雨宮冬悟さんの骨の一部だと判明しました。雨宮さんは、10月21日を最後に行方がわからなくなっています。木崎さんは雨宮冬悟さんをご存知ですか?』
『存じ上げませんね』
『では夏木会長は雨宮さんをご存知でしょうか?』
『秘書であっても会長の交遊関係すべての把握は難しいですよ。雨宮という男を知っているか、今度会長に聞いてみます』

ここまでの愁の返答も、美夜と九条が予想していた通りの結果だ。
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