〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
12月23日(San)

 閉めきったカーテンの向こうから雨の音がした。雨はそれだけで彼女を憂鬱に引き込み、封印した記憶の扉を無理やりこじ開けようとする。

 雨の音に紛れて聞こえたスマートフォンのバイブレーション。冷えた空気に身体を丸め、毛布を被ったまま彼女はベッドサイドのスマホを掴んだ。

(……メール?)

スマホに表示されたメールマークの通知に神田美夜は顔をしかめる。外はまだ夜のエピローグを纏う午前5時半、こんな時間にメールを送りつける非常識な人間も、アルファベットと数字が羅列するメールアドレスにも心当たりはない。

 フィッシングメールの可能性も視野に入れて慎重にメールを開いた。メールの本文を一読し、メール欄に添付された二枚の画像を眺めた美夜は、溢れる笑いを抑えられなかった。

「馬鹿じゃないの……?」

笑いながら呟く悪態の独り言が雨音の響く室内に消える。

 覚醒の直前まで見ていた夢は、10年前のあの日の悪夢だった。

春の雨、地元の駅の風景、当時使っていた二つ折りの携帯電話、ファミレスのメニュー、赤い傘、ドミノ倒しの自転車、佳苗が着ていた服、佳苗の死に顔……。
何もかもが10年前の松本美夜の視点と同じ景色だった今日の夢は、ひとつだけ10年前と違っていた。

 現実では、美夜がいた自転車置き場から陸橋の上にいる人間の顔を正確に認識することは、美夜の視力が良くても難しかった。

けれど夢の中の松本美夜は、陸橋にいる男の名前を知っていた。男が何者であるかを知っていた。男のぬくもりを知っていた。

 曖昧で輪郭のぼやけた黒いスーツの男の顔が今日の夢では鮮明に見えたのだ。
これは10年前の答え合わせ? それとも脳が勝手に作り上げた妄想?

 体温で暖まった布団に包まれて彼女は目を閉じる。いつもいつも、あの男との記憶の傍らには雨が寄り添っている。
雨の夜に出逢い、雨の夜に別れ、そしてまた……。

 再び毛布の渦から片手を伸ばして掴んだスマホを、ベッドに寝そべった姿勢で片耳に当てた。小気味いい電話のコール音がしばらく続く。
この時間は起きて朝食の仕度や洗濯をしている頃だろう。

{はい、神田です}
「……おはよう、お祖母《ばぁ》ちゃん。朝早くにごめんね」
{美夜ちゃん? どしたの、こんな早くに}
「うん……お祖母ちゃんと、ちゃちゃ丸どうしてるかなーって思って。東京は雨なんだけど、そっち雨降ってる?」
{いやぁ、全然。でもどんより暗くて曇ってるよ。東京が降ってるなら直にこっちも降るねぇ}

 祖母の家がある埼玉県戸田市は東京の板橋区から荒川を挟んだ向かい側。雨雲の流れによっては、あと数十分後には埼玉も雨模様となる。
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