〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
『雨宮冬悟を殺したんですね。あんなまどろっこしい言い方でも伝わりましたよ』
『舞に人殺しまで告白する覚悟は決まらなかった』
『それが正解です。愁さんがしていることを知れば舞はもっと混乱する。俺のしていることもですけどね。雨宮がまだ生きていたら、俺が殺しに行っていた。死んだって俺は雨宮を許せない。舞が姪だと知っていて手を出すなんて……』
『俺だって雨宮をあの世に送っても許せてねぇよ。お前の気持ちの分だけの弾はアイツにぶちこんでおいた』
ビジネスと割りきった殺人では、足元に転がる死体を見ても怒りや罪の意識は感じない。しかし雨宮冬悟を殺したあの夜の愁は、平常心を保ってはいられなかった。
『会長から連絡がありました。しばらくエイジェントの仕事はストップしろと。警視庁が愁さんと夏木コーポレーション、それにエバーラスティングを探り始めたようですね』
『雨宮の骨が見つかったんだ。奴が貸金庫に保管していた舞の動画を警察は手に入れた。奴らがジョーカーとエイジェントの存在に気付くのも、時間の問題だろう』
『それは神田さんを指しているんですか? 雨宮の件で警視庁が動くなら当然、神田さんもこの件を知っていますよね』
伶の探る視線を左頬に受け止めて愁はウイスキーを飲み干した。まったく酔えないのは、酔わないように飲んでいるせい。
酒を体内に入れても頭は覚醒する一方だ。
『日浦さんに聞きました。先月に愁さんが伊吹大和を殺した時、現場には神田さんがいた。神田さんにジョーカーの仕事がバレてしまったんですよね。……違うな、愁さんはわざとバレるように仕向けたんだ。神田さんが警護についているとわかっていて、彼女の前に姿を見せた』
伶は相変わらず頭のキレる子どもだ。その頭の良さが伶を破滅に誘っている。
頭の出来が良いばかりに誕生した、“ジョーカーを継ぐ者”。伶は夏木十蔵のこれ以上ない最高の道具だった。
『あの女もさっさと逮捕しに来ればいいと思わない? そうすればこっちも遠慮なく殺せる』
『逮捕を躊躇《ちゅうちょ》するほど、彼女は愁さんに惚れてるんだ。でもそれは愁さんも同じです。殺す殺すと口では言っても、彼女を殺すのを躊躇《ためら》っている。殺せなくなるくらい本気で惚れた証拠ですね』
ウイスキーを半分残したグラスを持って伶が立ち上がった。少し遠のいたスリッパの足音が、テーブルの向こう側で停止する。
『人殺しが刑事を愛しても虚しいだけですよ』
『そうだな』
伶に返す言葉は短い。再び遠くなった足音もやがて聞こえなくなり、愁はようやくポーカーフェイスの仮面を外す。
天井に翳《かざ》した彼の手は、二十歳の夏に血で汚れた。最初から何もかもが遅かったのだ。
翳した手のひらを目元に押し当てる。両目を流れる夜露《よつゆ》と一緒に、愛しい女の残像を彼は瞼の裏に隠した。
愛した女が刑事だった。
ただ……それだけ。
『舞に人殺しまで告白する覚悟は決まらなかった』
『それが正解です。愁さんがしていることを知れば舞はもっと混乱する。俺のしていることもですけどね。雨宮がまだ生きていたら、俺が殺しに行っていた。死んだって俺は雨宮を許せない。舞が姪だと知っていて手を出すなんて……』
『俺だって雨宮をあの世に送っても許せてねぇよ。お前の気持ちの分だけの弾はアイツにぶちこんでおいた』
ビジネスと割りきった殺人では、足元に転がる死体を見ても怒りや罪の意識は感じない。しかし雨宮冬悟を殺したあの夜の愁は、平常心を保ってはいられなかった。
『会長から連絡がありました。しばらくエイジェントの仕事はストップしろと。警視庁が愁さんと夏木コーポレーション、それにエバーラスティングを探り始めたようですね』
『雨宮の骨が見つかったんだ。奴が貸金庫に保管していた舞の動画を警察は手に入れた。奴らがジョーカーとエイジェントの存在に気付くのも、時間の問題だろう』
『それは神田さんを指しているんですか? 雨宮の件で警視庁が動くなら当然、神田さんもこの件を知っていますよね』
伶の探る視線を左頬に受け止めて愁はウイスキーを飲み干した。まったく酔えないのは、酔わないように飲んでいるせい。
酒を体内に入れても頭は覚醒する一方だ。
『日浦さんに聞きました。先月に愁さんが伊吹大和を殺した時、現場には神田さんがいた。神田さんにジョーカーの仕事がバレてしまったんですよね。……違うな、愁さんはわざとバレるように仕向けたんだ。神田さんが警護についているとわかっていて、彼女の前に姿を見せた』
伶は相変わらず頭のキレる子どもだ。その頭の良さが伶を破滅に誘っている。
頭の出来が良いばかりに誕生した、“ジョーカーを継ぐ者”。伶は夏木十蔵のこれ以上ない最高の道具だった。
『あの女もさっさと逮捕しに来ればいいと思わない? そうすればこっちも遠慮なく殺せる』
『逮捕を躊躇《ちゅうちょ》するほど、彼女は愁さんに惚れてるんだ。でもそれは愁さんも同じです。殺す殺すと口では言っても、彼女を殺すのを躊躇《ためら》っている。殺せなくなるくらい本気で惚れた証拠ですね』
ウイスキーを半分残したグラスを持って伶が立ち上がった。少し遠のいたスリッパの足音が、テーブルの向こう側で停止する。
『人殺しが刑事を愛しても虚しいだけですよ』
『そうだな』
伶に返す言葉は短い。再び遠くなった足音もやがて聞こえなくなり、愁はようやくポーカーフェイスの仮面を外す。
天井に翳《かざ》した彼の手は、二十歳の夏に血で汚れた。最初から何もかもが遅かったのだ。
翳した手のひらを目元に押し当てる。両目を流れる夜露《よつゆ》と一緒に、愛しい女の残像を彼は瞼の裏に隠した。
愛した女が刑事だった。
ただ……それだけ。