〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 事件を起こした被疑者の逮捕と検察への送検までが警察官の仕事だ。警察の手を離れた被疑者は被告人となり司法の裁きを受け、裁判を終えて刑が確定した者は、刑罰の種類によって各都道府県の拘置所や刑務所に収容される。

刑事が拘置所や刑務所を訪れる機会は少ない。九条大河が初めて訪れた葛飾区の東京拘置所は、刑が確定していない受刑者と死刑を言い渡された死刑囚の生活の場だ。

 正直、気は進まない。上野一課長の命令だとしてもどうして自分があの男に会わなければならないのか、今も怪訝な面持ちで九条は前方を見据える。

 透明なアクリル板の向こうに見える扉は閉ざされている。約束の時間の1分前に扉が開き、両手に手錠を嵌めた男が部屋に入ってきた。

『久々の尋ね人が誰かと思えば、珍しいお客様だね』

 アクリル板越しに、九条の前に座った男の口元には品の良い微笑が浮かぶ。この男は、九条の階級では本来なら決して面会を許されない相手。
今回の面会も上野一課長が警察庁と法務省に掛け合い、特例で許されたと聞いた。

 面会の相手は貴嶋佑聖。あの犯罪組織カオスの頂点に君臨していたキングだ。

警察関係者で貴嶋の名を知らぬ者はいない。実際に会うのは初めてでも、貴嶋が犯した犯罪行為の数々はデータとして九条の頭に入っている。

『警視庁捜査一課の九条だ。小山真紀警部補の班に所属している』
『そうか。彼女も自分の班を持つまでになったとはねぇ』

カオスが暗躍していた時代に捜査の最前線にいた上野と真紀は、貴嶋と何度も雌雄を決している。貴嶋への面会ならば、上野か真紀が階級的にも適任だろう。

『率直に言うと俺はここに来たくはなかった。一課長が行けと言うから来ただけで、ここに来て何の意味があるのかもわからない』
『君は素直だね。素直な人間が私は好きだよ』

 日本の犯罪史上最悪と名高い犯罪者に好かれても嬉しくない。一緒の空間で同じ空気を吸うのでさえ虫酸が走る。

『……聞きたいのはジョーカーの件だ。一課長は、あんたなら夏木十蔵とジョーカーの情報を持っていると言っていた。ジョーカーを知ってるよな?』
『ジョーカー……。久々に聞いたよ。懐かしい名前だ』

 椅子に深く腰掛けた貴嶋は、組んだ脚の上に両手を添えた。この男はひとつひとつの仕草が鼻につくほど優雅だ。海外の紳士でも気取っているのかもしれない。
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