〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
11月22日(Thu)
港区の愛宕《あたご》神社の出世の階段に腰掛けて、九条は夜空を仰いだ。分厚い雲に支配された空は今にも泣き出しそうだ。
愛宕神社はこの長い階段を登った先に境内がある。夕刻を過ぎた神社に参拝客の姿はなく、聴こえる物音は神社に面した大通りを走る車の音のみ。
朱色の鳥居の向こうに黒い影が見えた。近付くにつれて輪郭が鮮明になる影は、黒いロングコートに身を包んだ長身の男に変化する。
鳥居を潜って立ち止まった木崎愁は九条の周囲を見回した。
『今日は相方を連れていませんね』
『神田とはしばらく別行動なんですよ。神田に会えるかもと期待させてしまいましたね』
『別に期待はしていません』
九条と愁は今夜この場所で落ち合う約束をしていた。愁は両脇に並ぶ狛犬のひとつに身体を預け、九条を見据える。
『それで俺に話とは?』
『ジョーカー。この名前に心当たりは?』
『さぁ。トランプ遊びも久しくやっていませんし』
これから刑事の尋問が始まるというのに、愁の顔色は涼しげだ。動じない、感情を見せない、冷めた目付き……夏木コーポレーションで面会した時も感じたが、嫌になるほど愁は美夜と似ている。
『ある筋からの情報で、ジョーカーが二人いる可能性が出てきた。もうひとりのジョーカーは誰だ?』
『ああ……トランプには確かにジョーカーが二枚入っていますね』
のらりくらりと九条の追及をかわす愁が、ジャケットのポケットから取り出した物は煙草だ。暗がりに揺らめいたライターの火は役目を終えて刹那に散った。
『刑事の前で堂々と条例違反するなよ。しかもここは神社だぞ』
『神仏を信じない質《たち》なので。ご心配なく、ポイ捨てはしませんよ』
強面な二匹の狛犬に威嚇されても愁は素知らぬ顔で煙草を咥えた。
端正な顔立ちに品のいい所作。警察相手にあくまでも慇懃《いんぎん》を貫く口調と態度。
その上、都内随一の進学校である杉澤学院高校と法栄大学政治経済学部卒業と学歴は申し分なく、頭の回転も速い。
それらを総合すれば、木崎愁は黙っていても女を引き寄せる素材を持っている。学校や職場、同じコミュニティ内に木崎愁がいれば大半の男は嫉妬と劣等感に駆られるだろう。
だが神田美夜は相手の外見や経歴に惚れる女ではない。九条がイケメンと称した愁の容姿にも、美夜はさして興味がないようだった。
『神田があんたのどこに惚れたのかまったくわからない。優等生が不良に惚れるみたいなものか?』
『きっと男の趣味が悪いんでしょう』
『付き合おうとか、そういった言葉を言ってないんだってな?』
『大人はそんな言葉がなくてもやることはやれますよ。九条さんにも覚えがあるのでは?』
大人の恋愛は言葉がなくても始まると美夜に豪語したのは九条自身だ。あの時は何の気なしに言った言葉が、自分に跳ね返ってきてしまった。
港区の愛宕《あたご》神社の出世の階段に腰掛けて、九条は夜空を仰いだ。分厚い雲に支配された空は今にも泣き出しそうだ。
愛宕神社はこの長い階段を登った先に境内がある。夕刻を過ぎた神社に参拝客の姿はなく、聴こえる物音は神社に面した大通りを走る車の音のみ。
朱色の鳥居の向こうに黒い影が見えた。近付くにつれて輪郭が鮮明になる影は、黒いロングコートに身を包んだ長身の男に変化する。
鳥居を潜って立ち止まった木崎愁は九条の周囲を見回した。
『今日は相方を連れていませんね』
『神田とはしばらく別行動なんですよ。神田に会えるかもと期待させてしまいましたね』
『別に期待はしていません』
九条と愁は今夜この場所で落ち合う約束をしていた。愁は両脇に並ぶ狛犬のひとつに身体を預け、九条を見据える。
『それで俺に話とは?』
『ジョーカー。この名前に心当たりは?』
『さぁ。トランプ遊びも久しくやっていませんし』
これから刑事の尋問が始まるというのに、愁の顔色は涼しげだ。動じない、感情を見せない、冷めた目付き……夏木コーポレーションで面会した時も感じたが、嫌になるほど愁は美夜と似ている。
『ある筋からの情報で、ジョーカーが二人いる可能性が出てきた。もうひとりのジョーカーは誰だ?』
『ああ……トランプには確かにジョーカーが二枚入っていますね』
のらりくらりと九条の追及をかわす愁が、ジャケットのポケットから取り出した物は煙草だ。暗がりに揺らめいたライターの火は役目を終えて刹那に散った。
『刑事の前で堂々と条例違反するなよ。しかもここは神社だぞ』
『神仏を信じない質《たち》なので。ご心配なく、ポイ捨てはしませんよ』
強面な二匹の狛犬に威嚇されても愁は素知らぬ顔で煙草を咥えた。
端正な顔立ちに品のいい所作。警察相手にあくまでも慇懃《いんぎん》を貫く口調と態度。
その上、都内随一の進学校である杉澤学院高校と法栄大学政治経済学部卒業と学歴は申し分なく、頭の回転も速い。
それらを総合すれば、木崎愁は黙っていても女を引き寄せる素材を持っている。学校や職場、同じコミュニティ内に木崎愁がいれば大半の男は嫉妬と劣等感に駆られるだろう。
だが神田美夜は相手の外見や経歴に惚れる女ではない。九条がイケメンと称した愁の容姿にも、美夜はさして興味がないようだった。
『神田があんたのどこに惚れたのかまったくわからない。優等生が不良に惚れるみたいなものか?』
『きっと男の趣味が悪いんでしょう』
『付き合おうとか、そういった言葉を言ってないんだってな?』
『大人はそんな言葉がなくてもやることはやれますよ。九条さんにも覚えがあるのでは?』
大人の恋愛は言葉がなくても始まると美夜に豪語したのは九条自身だ。あの時は何の気なしに言った言葉が、自分に跳ね返ってきてしまった。