〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 愁の母、木崎凛子は高校卒業後に夏木コーポレーション傘下のシティホテルのラウンジでウエイトレスをしていた。ホテル経営の舵取りを任されていた十蔵と凛子が出会ったのは、この頃だ。

既に十蔵は資産家令嬢の朋子と結婚しており、凛子は十蔵が既婚者だと承知で彼に近付いた。
好色な十蔵は年若い凛子の誘惑を拒みもせず、二人は不倫の仲となる。

 不倫関係から3年後の1986年6月13日、凛子は十蔵の息子、愁を出産した。
木崎凛子は二十三歳、夏木十蔵は三十二歳だった。

 愁が生まれた2年後、今度は妻の朋子が妊娠した。夏木家には愁以外に夏木十蔵の血を受け継ぐ子どもがいなかったが、戸籍上は愁は夏木十蔵の息子ではない。

『俺は血筋では夏木十蔵の息子でも、法律では夏木の財産を継ぐ権利はない。俺が産まれた2年後に夏木の妻が妊娠して、俺の母親は焦ったんだ。正妻の子どもが生まれたら、文句なしにそいつが夏木家の跡取りだからな』
「まさかとは思うけど、お母さんが夏木会長の奥さんに何かしたの?」

 こんな話をしていても、愁は湯船から覗く美夜の滑らかな肌に口付けを落とす。優しい女は身体に絡み付く愁の腕を振りほどかず、彼に身を預けていた。

『そのまさか。後になって夏木の妻から聞かされた話だから向こうの主観と私情が混ざってはいるだろうが、事実として俺の母親は妊娠中の夏木の妻を階段から突き落とした。命は助かったけど、それが原因で流産。最初に人殺しをしたのは俺の母親だ』

 凛子は夏木家の跡取りは愁だと豪語していた。
朋子が、凛子の息子である愁の身体を我が物顔で弄《もてあそ》ぶのは、子どもを殺した凛子への最大の復讐。

純白の百日紅《サルスベリ》は夏の雪。鎌倉の別邸に凛子の死体を埋めた熱帯夜のあの日も、庭のサルスベリは満開だった。

『人を刺し殺したのは母親が最初で最後。その後に語学留学の名目でアメリカに行かされて、射撃を仕込まれた』

 夏木十蔵が本格的に愁を殺人マシーンに仕立てあげようと画策した2007年の3月。ニューヨークで愁が引き合わされた人物が、あの犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖だ。

愁に殺しの知識と技術の教育を施したのは他ならぬ貴嶋だった。当時から夏木十蔵のビジネスパートナーであった貴嶋の誘いを受けて、帰国後に愁はカオスの仕事に関わるようになる。
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