〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
夏木十蔵と彼の妻、夏木朋子によって仕組まれた愁の初めての殺人は、鎌倉の夏木家別宅で実行される。
朋子の招待で夏の鎌倉に招かれた木崎凛子と愁の親子。朋子が酒に仕込んだ睡眠薬が効いて凛子は客室で深く眠り込んでいた。
眠る母の喉元に愁はナイフを突き刺した。顔に飛び散る返り血にも構わず、二十歳の愁は何度も何度も母の身体にナイフを突き立てた。
身体を切り裂かれて血に染まってゆく母を見ても悲しみや怒りは感じない。生まれてこの方《かた》、母親の愛に包まれた記憶を持たない愁は、凛子を殺しても一滴の涙も流れなかった。
愁が凛子を殺す様子を終始、開いた扉から朋子が見ていた。朋子との男女の関係は美夜には伏せたが、母親の亡骸の側で殺人を終えたばかりの愁は朋子を抱いた。
初めての殺人。血まみれの母。その隣で勝ち誇った顔で愁を貪る朋子。
おぞましい二十歳の夏は忘れたくても忘れられない。愁の過去は血と死体と雌《メス》の臭気にまみれている。
「お母さんの遺体は……」
『夏木家の別宅の庭に埋めた。死体は見つからずに失踪宣告の7年が過ぎて、母親は法律上でも完全に死んだ人間になってる』
「別宅の庭に死体が埋まってると知るのは、あなたと夏木会長だけ?」
『別宅には会長の正妻が住んでる。正妻も共犯だ。どういう神経してるんだか、愛人の死体が埋まってる庭を見て、今年も庭の百日紅《サルスベリ》が綺麗に咲いたと言いやがる狂った女だよ』
凛子の殺害は夏木十蔵と朋子の利害の一致。不要になった愛人の始末を息子にさせた夏木十蔵と、愛人が産んだ息子に肉体関係を迫る朋子は、頭が狂っている点で似合いの夫婦だろう。
『俺の母親は息子の立場から見ても救いようのない女だ。上流階級に憧れた金の臭いに敏感な男好き。俺が高校に入った頃には、夏木コーポレーションの金を違法に持ち出してホスト遊びに使い込んでいた。最悪な人間だろ?』
「事件の関係者でそういう女は山ほど見てきた。恨みを買いやすい人間よね」
『だから夏木と正妻が排除したがるのも無理もねぇんだ。紫音の自殺がなかったとしても、夏木はいつか、俺にあの女を殺させていた』
夏木家は元は呉服屋の家業だった。夏木十蔵の父、夏木平八郎は二十九歳で実家の呉服屋を弟に譲り、不動産業に進出。
夏木不動産は不動産業界のトップに上り詰め、鬼才《きさい》の平八郎は戦後の不動産王と呼ばれた。
1980年に社名を夏木不動産から夏木コーポレーションに改名した平八郎は、ホテル経営に着手。息子の十蔵をホテル事業のリーダーに据えた。
朋子の招待で夏の鎌倉に招かれた木崎凛子と愁の親子。朋子が酒に仕込んだ睡眠薬が効いて凛子は客室で深く眠り込んでいた。
眠る母の喉元に愁はナイフを突き刺した。顔に飛び散る返り血にも構わず、二十歳の愁は何度も何度も母の身体にナイフを突き立てた。
身体を切り裂かれて血に染まってゆく母を見ても悲しみや怒りは感じない。生まれてこの方《かた》、母親の愛に包まれた記憶を持たない愁は、凛子を殺しても一滴の涙も流れなかった。
愁が凛子を殺す様子を終始、開いた扉から朋子が見ていた。朋子との男女の関係は美夜には伏せたが、母親の亡骸の側で殺人を終えたばかりの愁は朋子を抱いた。
初めての殺人。血まみれの母。その隣で勝ち誇った顔で愁を貪る朋子。
おぞましい二十歳の夏は忘れたくても忘れられない。愁の過去は血と死体と雌《メス》の臭気にまみれている。
「お母さんの遺体は……」
『夏木家の別宅の庭に埋めた。死体は見つからずに失踪宣告の7年が過ぎて、母親は法律上でも完全に死んだ人間になってる』
「別宅の庭に死体が埋まってると知るのは、あなたと夏木会長だけ?」
『別宅には会長の正妻が住んでる。正妻も共犯だ。どういう神経してるんだか、愛人の死体が埋まってる庭を見て、今年も庭の百日紅《サルスベリ》が綺麗に咲いたと言いやがる狂った女だよ』
凛子の殺害は夏木十蔵と朋子の利害の一致。不要になった愛人の始末を息子にさせた夏木十蔵と、愛人が産んだ息子に肉体関係を迫る朋子は、頭が狂っている点で似合いの夫婦だろう。
『俺の母親は息子の立場から見ても救いようのない女だ。上流階級に憧れた金の臭いに敏感な男好き。俺が高校に入った頃には、夏木コーポレーションの金を違法に持ち出してホスト遊びに使い込んでいた。最悪な人間だろ?』
「事件の関係者でそういう女は山ほど見てきた。恨みを買いやすい人間よね」
『だから夏木と正妻が排除したがるのも無理もねぇんだ。紫音の自殺がなかったとしても、夏木はいつか、俺にあの女を殺させていた』
夏木家は元は呉服屋の家業だった。夏木十蔵の父、夏木平八郎は二十九歳で実家の呉服屋を弟に譲り、不動産業に進出。
夏木不動産は不動産業界のトップに上り詰め、鬼才《きさい》の平八郎は戦後の不動産王と呼ばれた。
1980年に社名を夏木不動産から夏木コーポレーションに改名した平八郎は、ホテル経営に着手。息子の十蔵をホテル事業のリーダーに据えた。