〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 周囲を刑事に囲まれても愁は怖じ気づかない。それに今の愁は犯罪の嫌疑がかかる参考人ではなく、あくまでも企業の会長秘書。
愁に訊《たず》ねるべき内容は、今はジョーカーの話ではない。

上野が進み出た。

『木崎さん、この一件を夏木会長はどう収拾をつけるおつもりですか? 犯人グループは夏木会長にリゾートホテル開発に関する謝罪を求めていますが』
『会長は謝罪も会見もするつもりはないそうです。人質解放のために夏木会長が声明を出すことはありません。勝手な言い分で申し訳ありませんが、事件の処理は警察に一任します』
「娘が人質になってるのに、夏木会長は謝罪会見すらしないの?」

 代理で愁を寄越《よこ》した時点で、夏木十蔵の協力が見込めないことは察しがついていた。それでも実の娘の命のために頭を下げるくらいの夏木の良心を信じたかった。

『夏木十蔵はそういう人間だ。お前ならわかるだろ?』

 愁を責めても仕方がない。それに誰よりも怒りを露《あらわ》にしているのは愁だ。
崩れかけたポーカーフェイスの裏側が美夜には見えた。舞の命と自分の体裁を天秤にかけた夏木十蔵にも、舞を人質にした犯人グループにも、愁は強い怒りを感じている。

『10年前のリゾートホテル開発事業は俺が会長秘書になる前の話だが、当時の計画に関わっていたのは夏木十蔵と社長の徳田、リゾートホテル計画担当責任者だった今の常務の福井。福井の次女も同じ学校の中等部にいる。娘を人質にされているのは福井も同じだ。でも福井に泣きつかれても、夏木は謝罪はしないの一点張り。頑固なクソジジィだ』

 美夜に吐き捨てた愁は上野に向き直った。スーツの内ポケットをまさぐる彼が、刑事達の前にかざしたのは黒色のUSBメモリだ。

『これが千葉リゾートホテル開発の機密データです。ここに反対派メンバーの詳細な情報が入っています。そちらに必要な情報でしょう?』

 愁が上野に差し出したUSBメモリはすぐにパソコンに差し込まれた。愁が持ってきたのは、リゾートホテル計画反対派メンバーの一覧データだ。

一覧には10年前に反対派メンバーに所属していたと思われる人間の顔写真、職業、当時の住所と家族構成が詳細に書き込まれている。

「よくこんなもの持ち出してきたね……」
『機密ファイルのパスワード管理をしているのは俺だからな。自分が設定したパスワードなら、ロックの解除も簡単だ』
「一応、秘書の仕事は真面目にやってるのね」

 機密データに入る反対派メンバーの顔写真と防犯カメラの映像をSIT所属の捜査員が顔解析ソフトを使用して解析、不明だった二十代から五十代の男女四人の身元が新たに判明した。

 二十代の男は滝本と同じくリゾートホテル計画反対派に所属していた飯森裕久。リゾートホテル計画が持ち上がった2008年当時、飯森は館山市内の高校に通う学生だった。

壮年の男女三人は、NATSUKIリゾートシーグラス館山が建つ場所にてペンションを経営していた新堂瑛太と妻の未季、喫茶店経営者だった安西智人。
この安西の喫茶店は、飯森のバイト先でもあった。

 新堂のペンションも安西の喫茶店も、リゾートホテル開発で立ち退きを余儀なくされた。滝本の告発が正しければ、彼らはペンションや店のありもしない悪い評判を流されて、経営難に追い込まれた哀れな経営者達だ。
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