七槻くんの懐き度
 七槻(なつき)くんは、声と態度がでかい。

「だから部長が言ってるリスクを懸念してたら企画どころか事業なんてできないんですって!」

 親と子ほど年の離れた課長に向かってそう言ってのけながら、手の中の書類をばたばたと振ってみせる。私含め、課のみんなは「出たよ……」と言わんばかりにその後ろ姿を見つめた。

「そうかなあ……」

「そうかなあ、じゃなくて、そうです。というか、その点に関しては部長からも質問がとんできましたよね、先週の会議で。そのときに私が答えたじゃないですか、議事録にも書いてありますよね?」

「あれ、えっと、そうだったかな。議事録は……」

「ここにあります。議事録の5ページをご参照ください」

 書類の一部をデスクの上に叩きつけ、凛々(りり)しい眉をさらに吊り上げながら、トントントンと長い指先で該当箇所を叩く――七槻くんの背中に隠れて見えなかったけれど、その様子は容易に想像できた。

 七槻くんは、企画部のエースだ。

 見た目はそうでもない、愛想笑いには「にこっ」なんて聞こえてきそうな愛嬌があるし、長身とはいえ細身だし、大学生といっても通るくらいの可愛さがある。実際、入社してから今まで、何も(・・)知ら(・・)ない(・・)お姉様方には「可愛い」とモテている。

 しかし、仕事の鬼だ。隙のない企画を立案し、上司としての体裁(ていさい)を保つための意見をぐうの音も出ぬ論理で完封(かんぷう)し、出来の悪い同期と比べれば実に7倍の速さ(というリアルな数字)で雑務を処理する。プレゼンでもさせようものなら、入社3年目とは思えない威厳と貫禄が(あふ)れて(ただよ)って止まらない。

 そんな七槻くんだから、声もでかければ態度もでかい。自分の意見は論理的に正しい、そんな自信に裏打ちされたような大声に、どんな年嵩(としかさ)の上司にも(おく)せず接するその態度、そして現にそれを(とが)めようのない完璧さ。結果、もともと置物呼ばわりされていた係長が「いいねマシーン」なんて揶揄(やゆ)され始めるのに時間はかからなかった。

 そもそも、持っているステータスも悪いのだ。有名私立高校出身、在学中は陸上でインターハイに出場、そして当然のように国内最高峰の大学に入り、なんなら成績優秀者として表彰されて卒業……。それでもって顔も良いとなれば、一体どうして自信のない男が出来上がるだろうか、いや出来上がるわけがないしむしろその逆、という話である。
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