七槻くんの懐き度
「七槻くん、めちゃくちゃイケメンだし、仕事もできるんだけどさあ……」

 ランチタイムに、八代(やしろ)さんがぼやいた。最近彼氏と別れたので新しい男を作りたい、という文脈だった。

「いかんせん怖いんだよね。プライベートでもめちゃくちゃ理詰めしてきそう」

「あー、分かる。あとなんでも合理で割り切りそうだよね、プレゼントとかねだっても必要ないって切り捨てられたり」

「それな。てか七槻くんって女に興味あるのかな? 秘書課に新しく入ってきた人いるじゃん、名前忘れたけど。めっちゃアプローチしたけど全部流されて終わったって聞いた」

「七槻くんって彼女いるんじゃないっけ、そのせいじゃない?」

「え、そうなの?」

「らしいよ。お局、七槻くんのことお気に入りじゃん。七槻くんがデスクでお弁当食べてるときに『自分で作ってるの、偉いね』みたいに声かけたら『いや彼女に作ってもらってるんで』って言ってたよ」

「マジ。そんな臆面(おくめん)もなく惚気(のろけ)んだ、七槻くん。ちょっと萌えるかも」

「いつから付き合ってんの、それ?」

「3ヶ月くらい前って言ってたよ」

「マージか。タイミング合わなかったなー」

 八代さんは「まあその気になれば盗ればいいからいいんだけどさ」ととんでもない宣言をしながらフォークにパスタを巻き付けた。ただ、確かに八代(やしろ)さんの容姿があれば“その気になれば”どんな男でも落とせるに違いなかった。

「でも、七槻くんの彼女かー。デートとかどういう感じなのか聞いてみたいわ、ね、三島(みしま)さん」

 七槻くんのことが話題に上るのはそう珍しいことではないとはいえ、略奪宣言までされると、現に彼女の私は平静を保つのも難しい。そんな内心を隠しながら「……そうだネ」と頷いた。

 七槻くんは、私の彼氏だ。

 会社では誰にも話していない。理由は「モテる七槻くんと付き合ってるなんて知られたら嫉妬でどんな目に遭うか分かったもんじゃない」という私の保身だった。七槻くんは「そういう女らしいヤツは俺みたいなの無理だから大丈夫」とモテ自覚のない発言をしていたけれど、そこは押し切った。多分、七槻くんが自分の意見を通せなかったのはあのときくらいに違いない。

 それはさておき、お陰で七槻くん略奪宣言を真横で聞かされるくらいには、七槻くんと私の関係は3ヶ月経った今も誰にも全く勘付かれていない。実際、七槻くんも上手だとは思う、私との接し方は同期入社の女性に対するもの以上でもそれ以下でもない。ただ、七槻くんの態度と声が大きいせいで、係長が「三島さん、七槻くんに(あご)で使われてない? 大丈夫?」と同期間のパワハラを心配していたことはあった。
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