距離感ゼロ 〜副社長と私の恋の攻防戦〜
アイラブユーは言わないで
コンコンとノックの音がして、パソコンに向かっていた翔は「どうぞ」と声をかける。

「失礼いたします。お時間ですのでお迎えに上がりました」

ドアを開けて入って来た芹奈に「ああ、今行く」と答え、パソコンをシャットダウンしてから立ち上がる。

ハンガーに掛けてあったジャケットを羽織り、「お待たせ。行こうか」と1歩踏み出した翔は、顔を上げた途端にピタリと足を止めた。

ドレスアップした美しい芹奈が、すぐそこに立っている。

「副社長?どうかなさいましたか?」
「えっ!いや、何もない」

視線を落としてスタスタと歩を進めると、ドアを開けて「どうぞ」と芹奈を促した。

「ありがとうございます」

うつむき加減で目の前を通り過ぎる芹奈の綺麗な首筋に、思わず目を奪われてしまう。

ドキドキと高鳴る気持ちを悟られないように、翔はポーカーフェイスでエレベーターに向かった。

「副社長。今夜はタクシーで移動されると村尾から聞きましたので、エントランスに手配しておきました」
「そうか、ありがとう」

俺がソワソワしてどうする。
ここは大人の男の余裕を見せなければ。
いつもの俺を思い出せ。

そう思い、翔はエレベーターを降りると芹奈の肩を抱いてエントランスへと歩き始めた。

「……あの、副社長」

蚊の鳴くような小さな声で呼ばれて、翔は、ん?と芹奈に目を向ける。

「その、ここは日本ですし。何より周りの視線が恐ろしいので、あの、手を離していただけませんか?」

目を潤ませながらチラリと視線をよこす芹奈は、りんごのように真っ赤に頬を染めている。

(か、可愛い!なんだこれ?慎ましく、おしとやかな日本女性の恥じらう姿とは、かくも男心をくすぐるものなのか!守ってやりたい、いや、抱きしめて押し倒したい)

いかんいかんと首を振りつつ、翔は更にギュッと芹奈を抱く手に力を込める。

「あ、あの、副社長。お願いですから、離してください。女性社員の皆さんの視線が突き刺さるので。お願いします」

必死に訴えてくる芹奈の表情にばかり目が行ってしまい、言葉がまるで頭に入って来ない。

「大丈夫だ。俺がいるから」

キリッと頷いてみせると、芹奈はより一層目を潤ませた。

「いえ、それが困るんです。お願い、離して……」

涙目で見上げてくる芹奈の言葉は、翔の脳内で「お願い、守って……」に変換される。

「分かった、任せろ」

大きく頷いてグイッと芹奈を抱き寄せる翔に、芹奈はもはや半泣きになりながら顔を伏せていた。
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