外商部御曹司は先輩彼女に最上級のロマンスを提供する
 名前を呼び合い、不思議な空気が生まれる。何だか、むず痒い。

「真琴さん」

 繰り返される。

「へ?」

「せっかくですので、今は真琴さんとお呼びしても?」

「か、会社で呼ばないならーーいいけど」

 頬が熱くなって残りのビールを飲み干す。すると花岡君が手を上げた。

「すいません、ビール追加お願いします!」

 なんたる適応力。呆気に取られそうになるも、一応念を押しておく。

「わたし、明日は遅番とはいえ出勤なの。飲ませ過ぎないでよ?」

「酔わせてどうこうしようなんて考えていないので安心して下さい。俺にも立場はあります」

(あぁ、外商部への引き抜き話があるんだっけ)

 冗談として軽く流すのではなく、真剣な声音で否定する花岡君。出世の噂が当人へ届いてないはずもないか。

 コンサートチケットはこれまで世話になったお礼だとしたら辻褄が合う。

(お世話と言っても、彼は本当に手の掛からない新人だったけれど)

 もちろん、花岡君の出世は喜ばしい。でもほんの少し淋しく感じる自分を見付けた。きっとこんな風に飲まなければ気づかなかっただろう。

「亮太、わたしに向けてピースしたよね?」

「はぁ、またその話題ですか?」

「……実はね、あなたの事が少しだけ苦手だったの」

「それは初耳です。真琴さんにまで、いけ好かない男だと思われていたんですね」

「いけ好かないとまでは」

「なら可愛げがないとか?」

「それも違う」

「じゃあーー新人らしくない?」

 新しいグラスに口をつけ、コクンッ喉を鳴らす。
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