外商部御曹司は先輩彼女に最上級のロマンスを提供する
 兄貴がアイドルをやる事、母親の姓を名乗るのも昔みたく熱量を持って怒る気になれない。
 はっきり言って兄貴の自由奔放さに構っていられる程、暇じゃなくなったんだ。

 百貨店(ここ)の仕事は忙しい。毎日変化があり、刺激的でやり甲斐がある。計画より随分早く外商部へ配属されたものの、これは真琴さんによる教育の賜物。彼女なくして俺の販売員人生は始まらなかっただろう。

 ーー履いているビジネスシューズを見る。

 俺に関して怒りは覚えないが、兄貴の真琴さんへの態度は未だ燻る。
 真琴さんが大ごとにしないと言うのであれば、俺が騒ぐのは宜しくない。
 宜しくないのだが。

(やっぱり兄貴が好きなんだろうなぁ)

 気付けば作業が滞って、真琴さんについて考えている。

(ダシに使って、掻っ攫われるなんて情けない)

 兄貴は素の自分を見せ、俺は格好つけてばかり。よく思われようと空回って真琴さんを誰よりも傷付けてしまう。

(あぁ、格好悪すぎて、合わす顔が無い)

(でもーー会いたい)

(会いたい!)

「花岡君!」

 その時だった。1番聞きたくて、聞きたくない声が響く。

「深山、さん?」

 恐る恐る振り向けば、ロイヤルブルーを羽織った彼女が立っている。

「深山って呼ばないで!」

 今にも泣き出しそうな顔をして、少しでも振動を与えれば零れそう。

「ーーあ、あぁ、じゃあ先輩?」

 慎重に言葉を選ぶ。

「先輩って呼ばないでよ!」

「えぇ、そんなぁ」

 大袈裟に困惑するが笑ってくれず。

「わたし、今はプライベートの時間だから」

 俯いた拍子、ポロポロと涙が落ちていく。  

 真琴さんの様子は言わずもがな、おかしい。かなり動揺しているみたいだ。
< 86 / 116 >

この作品をシェア

pagetop