外商部御曹司は先輩彼女に最上級のロマンスを提供する

花岡side2



「寒い」

 営業時間はとうに過ぎ、ドラマ撮影も終わった百貨店は暗いうえ冷える。俺は底冷えを懐中電灯で照らす。バックヤードでの探し物は難航していた。

「この辺で見た気がするんだけどなぁ」

 眠気と心細さを払拭する為、あえて言葉に出す。外商部員が依頼品を探す場合、売り場担当者がサポートしてくれる。今回は紳士靴なので真琴さんに頼むのが早い。

 ーーが、依頼できるはずもなく。

(佐竹も俺が先輩を避けているのを知っていて仕事を回してくる)

 俺の所属変更は決して円満な運びでは無かった。いわば強制されたようなものだ。

「はぁ」

 脚立の上に腰を下ろし、息を吐く。

 静まり返った館内奥より佐竹の発言が呼び起こされる。

『花岡とCrockettの亮太さんが兄弟であるのを深山が口を滑らせてーーというシナリオを用意しているんだが? どうだい?』

 外商顧客でなくとも個人情報の漏洩は大問題。真琴さんを良く思っていない佐竹は悪知恵を働かせ、彼女の足元をすくおうと企む。

(現に兄貴と真琴さんが仲良く会話しているところを目撃されてる訳で)

 俺は移動を受け入れる代わり、彼女が売り場に立ち続けられる交換条件を出す。それくらいしか出来なかったから。

 眉間を揉む。あの夜からずっと頭痛が付き纏う。真琴さんの泣き顔がちらつく。

「駄目だ、駄目だ! 探すぞ」

 頬を打ち、探索を再開。
 早く見付けて帰宅したい、寝たい。兄貴の居る部屋に帰るのは複雑だが、ここ数日は顔を合わせても突っ掛かってこなかった。

 俺と真琴さんを険悪にさせた後ろめたさか、俳優業にやっとやり甲斐を感じたのか台本を読み込んでいる。
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