龍神様に導かれて
カーテンの隙間から漏れ出る光を横目に、ぼんやりと天井を見つめる。


平日の真っ昼間からダラダラして。みっともない。仕事はどうしたんだよ。休み? それともニートか?


パジャマ姿でベッドに寝転んでいるこの光景を見たら、誰しもがそう思うだろう。


その通り。無職だ。

詳しく言うなら……仕事と友人を同時に失い、人生に絶望している無職のアラサーだ。


すると、サイドテーブルの上のスマホが振動し始めた。仰向けのまま手に取り、届いたばかりの通知をタップする。


八木 陽日(やぎ はるひ)
こんにちは。株式会社〇〇 採用担当です。
この度は弊社の求人にご応募いただき、ありがとうございました。
選考の結果ですが、誠に残念ながら、今回は採用を見送らせていただくことに──】


電源ボタンを押して画面をオフにし、枕元に置いた。


学生時代以来のお祈りメール。毎通届くたびに私の心をすり減らし、恨みという感情を教えてくれた存在。

就職してやっと解放されたと思ったら……また悩まされる日々が来るなんてね。


「また探さなきゃ……」


消え入りそうな声で呟いた。


20代後半。順調にキャリアを積んでいた矢先、会社が倒産。ろくに給料ももらえず、求職活動を余儀なくされた。

同僚たちは途方に暮れていたが、私は20代半ばから副業をやっていたので、収入危機に陥ることはなかった。


だが──倒産からわずか1週間後、その副業先からも契約を打ち切られた。


理由は、良い人材を見つけたから。
即戦力を発掘したから、もう必要ないよ、と。


誠心誠意、真心込めて取り組んできたのにな。締切は毎回守っていたし、遅刻も早退も、無断欠席も一切しなかった。

使えるだけ使って、代わりが見つかったら即捨てる。高学歴で有資格者な人間が現れたらこうも豹変するのか。

私を使い捨ての物だと勘違いしているのかな? モノはモノでも人間のほうの“者”なんですけど?


華麗な手のひら返しを食らったが、問題はここから。


失職後、1人で抱え込むのは精神的に良くないと思い、友達に連絡を入れた。


全員学生時代からの付き合いで、人生の半分近くを共にした仲。

5年ほど前までは月に1度の頻度で会っていたが、年齢を重ねるにつれて徐々に予定が合わなくなっていき……。現在は誰とも会っていない。


しょうがない。この年代はライフステージの分かれ目だから。

友達の中にも、結婚して地元を離れたり、母親になった人もいて。現に、反応してくれたのはたった1人だけ。


1人でも返ってきたならマシじゃないかと思われそうだが……。


『実家にいれるならいいじゃん。私なんて一人暮らしだよ? それに転職5回もしてるし』

『辛いのかもしれないけどさ、そんなネガティブに考えないで明るい未来を考えようよ! 運命の人と結婚するんだ! とか、推しのライブに行くんだ! とか』

『推しが頑張ってるんだから私も頑張ろうって思ったら、もっと頑張れないかな?』


──頭が真っ白になった。

送り間違えだと思って何度読み返してみても、私宛のメッセージで。


『確かにそうかとしれない。けど、ここ最近体調悪くて、頑張りたくても頑張れないの』

『だったら病院に行きなよ。働いてないなら時間あり余ってるでしょ? 悪化したら本当に頑張れなくなるよ?』

『いや、わかってるけど、もう限界なんだよ…』

『それでも頑張るしかないよ。今は踏ん張りどきなんだ、ここを乗り越えたら幸せが待ってるって、就活してたとき毎日唱えてたじゃん』

『あのころとは事情が違うんだよ…。あともう力残ってないんだつて…。ちゃんと詠んだの?』

『読んだよ。だから病院に行きなよって言ってるじゃん。そっちこそちゃんと読んでるの?』


私の伝え方が下手なのか、返ってきたのはトゲのある言葉だった。


どうしてそんな言い方ができるの……? ベッドから一歩も動けないんだよ? 先週からずっと寝たきりなんだよ?

解雇と失恋が重なってもう消えたいって、泣きながら電話してきたのは誰?

あなたがやってることは、瀕死状態の人間にもっと頑張れって鞭打ってるようなものだよ?


病院に行けば? って言ってるけど……時間とお金以外にも体力と気力がいるって、どうして気づかないかなぁ。


「ふふっ……はははっ……」


乾いた笑い声が部屋に響き渡る。涙が溢れ出して、次から次へと目尻から伝い落ちていく。


大人になると友達が減るって、こういうことなんだな。


お祈りメールでトドメを刺された私は、食事もお風呂も放棄し、あてつけのように1日中部屋に引きこもった。






引きこもること5日。体臭が気になり始めたため、軽くシャワーを浴びた。

少し気分がサッパリしたところで、水分補給をしにリビングへ向かう。


「おはよう。お昼ご飯作ってるけど、食べる?」

「……ん。食べる」


キッチンに立つ母に返事をして壁掛け時計を見てみると、11時55分を指していた。

昨日11時半過ぎに寝たから、12時間近く寝てたっぽい。


母からきつねうどんを受け取り、ダイニングテーブルに着席。「いただきます」と小さく呟いて手をつける。


コシのある麺と、出汁をたっぷり含んだ油揚げ。

食道と胃がじんわりと温まっていくのを感じていたら、涙が込み上げてきた。

いつも食べている市販の麺なのに、一段と美味しく感じる。数日ぶりの食事だからかな。


涙を拭いつつ、油揚げと一緒に麺を口に運ぶ。


『この冬行きたい! 開運スポット〜!』


ふとテレビに目を向けると、ダウンコート姿の芸能人がバスの前で拍手していた。

右上に表示されているテロップを読んでみたら、バスでパワースポットを巡る企画の様子。


「パワースポットねぇ……。効果あるのかな」

「あるんじゃない? なかったらこんなふうに紹介しないでしょ。お母さんが独身の頃行った金運の神社、あそこもパワースポットだし」

「あー、福引きで商品券当たったってやつね。いくらだったっけ?」

「10万円。金欠だったからあっという間になくなっちゃったけど」


当時は実家住まいだったが、タカられたくなかったため秘密にしていたという。


母は昔から何かと引きが強い。子供の私にもその血が受け継がれているのか、小さい頃からよく当たりを引いていた。

席替えで狙っていた席に座れたり、ライブチケットで最前列の席が当たったり、雑誌の読者プレゼントでヘアアイロンをもらったり。


けど……今は弱ってるな。運だけでなく、身も心も全部。


うどんを平らげて部屋に戻り、紹介されていたパワースポットを調べる。


金運、仕事運、恋愛運、家庭運。ジャンル別に特化した神社もあれば、滝や洞窟など、観光名所もちらほら。


記事を読んでは動画を観ていると、神々しい龍の像のサムネイルが目に止まった。

1年前の投稿だが、時間は13分とちょうどよい長さだったのでタップしてみる。


『皆さまこんにちは。ドラドラ開運チャンネルです。今回はわたくしの推し神社の1つである──』


神社の名前が書かれた石碑の前で自己紹介した動画主。

顔出ししないスタイルなのか、足元だけしか見えてないけど、声が低めだから男の人っぽい。


『とても清々しい風が吹いています。雲間からも光が差し込んでいて、まるで空から降りてきそうな雰囲気ですね』


曇り空のシーンから鳥居をくぐるシーンに切り替わった。ビュービューと吹く風の音に交じって、砂利を踏みしめる音が聞こえてくる。


初詣での時期に比べて参拝客は少なめ。まぁ夏場だもんね。

あっ、あれがサムネの龍かな? 1匹だけだと思ってたら4匹もいたんだ。


参拝を済ませ、御守りを購入したところで動画が終了した。


龍神様が祀られている神社、か。

子供の頃から毎年地元の神社にお参りしに行ってるけど……どんな神様がいるかまでは知らないな。

お賽銭しておみくじ引いて、御守り買って屋台で小腹を満たして……くらいしか頭になかった。


概要欄を見てみると、なんと隣の県。地図で確認したら電車1本で行ける距離だった。


「……行ってみようかな」


さっき見た記事にも書かれていた。気になる、行ってみたいなと思ったら、それは神様に呼ばれていると。

メモアプリを開き、名前と住所を書き留めた。






──カランカランカラン!


平日の午後2時過ぎ。賽銭箱に小銭を入れ、鈴を鳴らして二礼二拍手一礼をした。


あれから2週間。相変わらず求職活動は今ひとつだが、自堕落な生活からはなんとか脱出。体調も回復し、食事も3回取れるようになった。


拝殿を出て御守り売り場へ。購入した絵馬に黒のペンを走らせる。


『地球に住むみんなが幸せに過ごせますように』


最初は「早く仕事が見つかりますように」と書こうとしたのだけれど、それだと同情されそうだったので当たり障りのない願いを選んだ。


といっても、これも本心だ。

みんながお金に仕事、人間関係、衣食住にも困らず、毎日穏やかな日々を送れたら……世界は平和になるのになと思ったから。


ペンを戻して絵馬をかける場所を探す。

受験シーズンだからか、合格祈願が多いなぁ。あとは将来の夢とか恋愛関係とか。ここの龍神様はオールマイティに叶えてくれるみたい。


「お姉さん、こっち空いてますよ」


すると、黒いダウンコートを着た男の人に声をかけられた。


「ありがとうございます」

「いえいえ。どこも満杯ですもんね」


絵馬をかけて顔を上げる。


雪みたいな白い肌に円らな瞳。血色のいい唇、愛らしいエクボ。サラサラの黒髪には天使の輪。

一瞬アイドルが降臨したのかと驚いたが……。


「スマホカバー、すごいですね……」


整った顔よりも、彼の手に握られているスマホに目を奪われた。


「龍が好きなんですか?」

「あぁ……はい。子供の頃から好きなんです」


「やっぱ目立ちますかね」と照れくさそうに笑った彼。

全身黒にポツンと金色があったら、そりゃ自然と目が行きますって。


「周りからは小学生みたいだなってからかわれるんですけど……やっぱりかっこいいよなって」

「ですよね。金色なら縁起良さそうですし」


わかる。私の推しも龍大好きだから。龍モチーフのキャラが出てくるゲームの実況やってるし。

これだけ好きなら龍からファンサもらえそう。


顔立ちの印象から大学生くらいかなと思っていたが、ドラゴンの裁縫箱と習字セットに「うわぁ〜! 懐かしい〜!」と激しく反応したので、私と同世代だと推測してみた。


「お兄さんは、ここには何回か来てるんですか?」

「はい。5・6年くらい前から来てますね。お姉さんは……」

「初めてです。パワースポットを調べてたら、ここの神社が紹介されてたので来ちゃいました」


談笑しながら境内を歩き回る。

お兄さんいわく、お気に入りの神社らしく、毎年訪れているとのこと。


「ありがとうございました」

「いえいえ。では、良い旅を」


鳥居の前で彼と別れ、神社を後に。

教えてもらったオススメの観光地を巡り、日が沈むまで楽しんだのだった。
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