そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
「ニヤマには満足(サントーシャ)という教えもあります。現在の状況や環境に対して満足し、感謝の気持ちを持つことなんです」

 それは、自分に対して言い聞かせている言葉だ。でも、陣はそれを真摯な表情で受け止めてくれた。

「いろいろ勉強になります。七瀬センセーがいつも笑顔の理由がわかりますね」

 口先だけで言っているわけでなく、陣はちゃんと七瀬の言葉を噛み締めてくれているのがわかる。こんなの、うれしくならないわけがない。

 ヨガの話はそれきり終わらせ、他愛もない日常会話をしたが、おかげで宗吾に怒られ、立ち去られたモヤモヤも吹き飛んだ。
 料理もおいしかったし、コーヒーが好きな七瀬に、陣がアイリッシュコーヒーという温かいコーヒーのカクテルを教えてくれて、それも新しい発見で楽しかった。

「あ、いけない。もうこんな時間。明日のレッスンがあるので、私はそろそろ帰りますね。陣さん、今日はお話できてとても楽しかったです。お料理もすごくおいしくて。ありがとうございました」

 そう言って伝票を手に取ろうとしたら、陣が先にそれを取り上げてしまった。

「僕が払っておきますよ」
「そんなわけには! 彼の分もありますし、私が――」

 宗吾が飲んだビールの代金も含まれているので、さすがに厚意に甘えることはできない。

「今日は七瀬センセーからいいお話をたくさん聞けたので、講義代です。仕事へのモチベ―ションも上がったので、その分の還元と思ってくだされば」

 頑として伝票を手渡してくれそうになかったので、七瀬が折れた。

「では、今日はお言葉に甘えさせていただきます。本当に申し訳ありません。ごちそうになります」
「またいつか、機会があったら一緒に飲みましょう」
「ぜひ! そのときは私にごちそうさせてください。では、また火曜日に!」

 そう言って、笑顔で手を振って別れる。
 陣が来てくれなかったら、どんな気持ちで帰途を辿っていたことだろう。

 宗吾のことを考えると心が重たくなってしまいそうだが、なるべくふたりが快適に過ごせる道をみつけられるよう、沈んだ顔をするのはやめよう。
 そう思えるくらいには前向きな気分になれた。
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