そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
 ――正月休みは七瀬にみっともない姿をさらしてしまったが、別件ではしっかり七瀬にいいところは見せておいたので、その情けなさと相殺になっていることと信じている。

 年が明けて、年末から継続していた懲罰委員会の方針が決定し、大楠沙梨は重大なセキュリティ違反による解雇が決定した。

 そして、上司である朝倉宗吾だが――こちらはパスワードの漏洩はあくまで「盗まれた」の主張なので、そこはグレーのままだったが、前回のヒアリングの日に本社ロビーで起こした騒ぎが問題視され、こちらも解雇が決定していた。

 だが、これはあくまで会社の問題であり、七瀬には関係のない話だ。それに、彼女の不安はそこではなく、宗吾による日常の待ち伏せである。
 でも、これはあの騒動の翌日には不安は取り除かれていた。

 ――宗吾の父親は、メガバンク青山支店の支店長である。
 そして、陣の個人口座がその支店に存在し、陣は青山支店のVIP客なのだ。

 クリスマスイブ当日、事の次第を聞かされた支店長が陣の専務室にすっ飛んできて、息子の非礼をカーペットに頭をこすりつける勢いで詫びた。
 VIP客が、支店長の息子のせいで口座を引き上げるなどと言い出したら、支店長の地位を揺るがすほどの大問題だ。

「うん、まあ僕はいいんですけどね。ただ、ご子息の元恋人の女性が、彼から相当なモラハラを受けておりまして。彼女は弊社で招聘したワークショップ講師なのですが、弊社ロビーでご子息から口汚く罵られました。言い添えておきますが、彼女には客観的に見てなんの非もありません。僕への暴言や侮辱は目を瞑るにしても、彼女へのセクハラまがいの暴言は看過できません。それに、つきまといのような行為も確認しています。彼女がとても怯えていまして、これが続くようなら警察への通報も辞さない――」

「もっ、申し訳ございません! 愚息はすぐに自宅に連れ戻し、再教育をさせていただきます!」

「そう願えるかな。それで今後、彼女の前に故意に姿を現さないこと、街中でばったり会っても無視すること、これも付け加えさせてもらえるとうれしいね」

「仰せの通りにいたします! ですからどうぞ、警察は……」

「わかっていただければいいんです。それと、どうもご子息は女性を使用人か何かのように思っている節がありそうですので、ご家庭でももう一度、その辺の意識改革もお願いできますか。今後の彼のためにも。こんな時代ですしね」

 ――この脅しがたっぷり効いたようで、宗吾の恵比寿のマンションは即日解約された。
 父親の弁解の中で知ったのだが、どうやらこのマンションは父親が家賃をすべて支払っていたらしい。
 七瀬からは、前の家賃七万円をそのまま宗吾に渡していたと聞いているが、その七万円はどうやら父の手には渡っていなかった様子だ。
 そのことはあえて七瀬には伝えなかったが、あまりにケチすぎてちょっと悲しくなってしまった。
 部屋を引き払う際、陣も同行し、残った荷物を選別したのだが、七瀬の個人的なもの以外、宗吾との思い出のありそうなものは大半捨ててしまった。
『結果を手放す』が彼女の口癖ではあるが、このバッサリ感に陣は自分の気持ちも引き締めたものだ。

 もうダメだと思ったら、七瀬の切り替えはめちゃくちゃ早い。
 自分が手放される側にならないよう、たゆまぬ努力が必要そうだ。
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