そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
 その後、新宿スタジオに移動して二つレッスンをこなし、オンライン配信用の動画を撮影し終えたとき、本部から七瀬に電話があった。
 来月開催の企業ワークショップの依頼だった。

 出向先は、青山にある世界的大企業、帝鳳(ていおう)ホールディングス本部だという。福利厚生の一環で、水曜日の終業後にチェアヨガという、椅子に座ってできるヨガクラスを開催することになったのだそうだ。

「大丈夫です、引き受けます!」

 水曜はレッスンをオフにしているが、チャンスはどんどん活用したい。
 宗吾の反応は気になるが、企業に勤める人の声を聞くことができれば、もうちょっと宗吾に寄り添うことができるようになるかもしれないし。
 宗吾は、家ではあまり仕事の話はしてくれないから……。

 十七時過ぎには新宿スタジオを出て、山手線に乗って自宅へ戻ることにしたのだが、隣の路線に停まっていた中央線が発車した後、ホームに宗吾の姿をみつけた。
 客先に外出でもしていたのだろう。ビジネス鞄を持ち、眼鏡をかけたスーツ姿の宗吾は、清潔感あふれ、とても好感の持てるインテリビジネスマンだ。

 だが、彼の横に見知らぬ女性が並んで歩いている姿が見えた。
 毛先を巻いた栗色のロングヘアはフェミニンなのに、颯爽としたパンツスーツで、すらりとしたスタイルのいい女性だ。

 彼女が手前にいて、向こうにいる宗吾の方を向いているから顔ははっきり見えないが、きっと美人なのだろう。彼女に向ける宗吾の表情は、七瀬と対峙するときの呆れたような、説教じみた顔とは全然違い、とてもやわらかくはにかんでいた。
 宗吾は会社勤めだし、社内には女性社員だって大勢いるだろう。外回りに同行することもあるだろう。
 でも、並んで歩く二人の距離が、必要以上に近く見えるのは七瀬の考えすぎだろうか。

 彼らから視線を外しかけた瞬間、階段を上がろうとした女性が躓き、宗吾が咄嗟に彼女の腕をつかんで支えてやるという場面まで、おまけのように見せられてしまった。
 咄嗟に、彼女がだいぶわざとらしく宗吾の胸に縋っているところまで。

「…………」

 そのとき、ちょうど山手線が入って来たので、七瀬は逃げるように電車に乗り込んだのだが、そんなささいな一幕にもやもやしてしまった。

(考えすぎだって)

 仕事で同行していた人と談笑するのは当たり前だ。七瀬だって、生徒さんと世間話をして笑い合うくらいのことはする。先週は生徒さんと一緒にお酒まで飲んでしまったし。
 同行者が転びそうになったら、咄嗟に手を伸ばして支えるくらいのことは普通にするだろう。
 果たして、隣にいるのが七瀬でも、転びそうになったら宗吾は支えてくれるだろうか。

(最近、宗吾さんと並んで外を歩いたのって、いつだっけ)

 確かに生活の時間帯はズレているが、日曜日は休みを合わせるためにレッスンを入れていない。早めに予定さえ組んでおけば、土曜日もスケジュールを空けることは難しくない。
 デートだってなんだってできるし、一緒に買い物だって行ける。

 ところが予定のない日曜日も、宗吾は「疲れてるから」と寝て過ごすだけだし、日用品の買い出しも、同棲を始めた頃はいつも一緒に行っていたのに、ここ最近はめっきりなくなった。
 かといって、彼を置いて外出すると不機嫌になるから、家の中でオンラインクラスを受講するくらいしかできずに不毛な休日を過ごしている。
 七瀬は好きなことに時間をめいっぱい消費したいタイプなので、することもなく家に籠っているのが苦手なのだ。

 宗吾はフレックスタイムのおかげで平日朝の忙しなさとは無縁だが、そうなると当然、宵っ張りで朝は遅い。
 これが週末ともなると、昼まで寝ていることなどザラなので、七瀬の午前中はほぼ家事で終わってしまう。
 かといって、起きたら何するでもなくスマホをいじっているだけだ。買い物やデートに誘ってみるのだが、「疲れてるから、家でのんびりしたい」と断られる。
 仕方なしに「レッスン行ってもいい?」と切り出してみたこともあるが、そうするとやはり不機嫌になった。

 なので、日曜日が週で一番嫌いだ。

 考え出すとこれはもう「性格の不一致では?」と思ってしまうのだが、やっぱりヨガにばかり傾倒している自分が悪いのかもしれない。
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