そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
電車の扉にもたれて、暗くなりつつある空を眺めながら、今日はちょっとだけ手の込んだ料理をしようと、献立を考え始めた。
帰宅し、夕飯の支度をして待っていたのだが、宗吾は二十三時になっても帰ってこない。SNSにメッセージを入れてみても既読はつかない。
のんびり出勤の宗吾だが、普段は遅くても二十一時前には帰っているのに。
今朝、四時起きだった七瀬は、そろそろ眠気で限界だ。シャワーだけ浴びて、睡魔と闘いながら宗吾を待っていたら、二十三時半頃にようやく帰って来た。
「お帰りなさい! 遅かったね」
「なんだ、七瀬。まだ起きてたんだ。いつもさっさと寝てるから、もうとっくに寝てるのかと」
「たまには一緒にご飯食べようかと思って、メッセージ入れたんだけど、見てなかった?」
「あー……。仕事が忙しくて、スマホなんか見てる暇もなかったよ。飯、食ってきちゃった」
普段は何の用事もなくてもスマホとにらめっこしているのに、そんな長時間、見もしなかったなんて――。
そう口から出そうになったが、ぐっと呑み込む。
「あ、そうだったんだ」
宗吾が脱いだコートを受け取って玄関のハンガーに掛けてから、リビングのテーブルについた彼の前に缶ビールを置いた。
「そういえば今日、宗吾さんを新宿駅で見かけたよ! 珍しいね、外出だったんだ?」
空気がガラリと変わったのは、その瞬間だった。
「は!? 何でそんなこと気にするんだよ。仕事で一緒にいただけだろ! おまえ、いつもそんな風に疑ってばかりで疲れるんだよ!」
「疑うって……? 宗吾さんを見かけたって言っただけ……」
「そうやってネチネチと嫌みを言ってくるから仕事に集中できないんだよ! 自分は好き勝手してるくせに。少しは俺の立場を考えろよ!」
「…………」
なにが地雷だったのだろう。突然の宗吾の剣幕に圧倒されてしまい、言い訳も弁解もする余地がなかった。
そもそも、七瀬が言い訳するような話でもない。
だが、ひどく怒った宗吾は缶ビールを手にすると、それを思いっきり壁に向かって投げつけた。
まだ蓋は開いていなかったが、壁に叩きつけられた衝撃で飲み口が開いてしまい、壁や床にビールがぶちまけられてしまう。
「宗吾さん! こういう事はしないでって……」
床に落ちた缶を拾い上げ、タオルで濡れた床や壁を拭きながら宗吾を振り返る。でも、彼は無視して洗面所に行くと、大きな音を立てて扉を閉めた。
「あぁ……」
こうなると後の始末が大変になる。ビールではなく、宗吾のご機嫌が直るまで。
彼の言い方からすると、女性と一緒にいたことを七瀬が詰ったから怒った――ように見えるが、女性の存在など七瀬は一言も口にしていない。
近頃は、どこに地雷が埋まっているかわからず、迂闊にものを言えない空気になってきた。
一気に気分が沈んだが、いくら七瀬が謝ろうが何をしようが、彼の気が済むまで事態の打開はできない。
やりきれない思いで後片付けをした七瀬は、そのまま寝室に入ってヨガマットを敷き、安楽座で目を閉じた。
心が乱れたときは、何はともあれ深呼吸。激しく波打つ気持ちを治めるように深く呼吸し、瞑想をする。
過去や未来に囚われず、今この瞬間の呼吸に意識を集中するのだ。
こうやって心の均衡を保つことで、自分が傷つくのを最小限に留める。でも、いくら瞑想して心に平安をもたらしても、一番近くにいる人がその平安を脅かしてくる。
(私の内省だけでどうにかなることじゃないけど……)
ため息をつきかけて、まったく意識が集中できていないことに気づき、さらに深く息を吸い込んだ。
その夜、宗吾は寝室には入って来ず、リビングのソファで一夜を明かしたようだった。
帰宅し、夕飯の支度をして待っていたのだが、宗吾は二十三時になっても帰ってこない。SNSにメッセージを入れてみても既読はつかない。
のんびり出勤の宗吾だが、普段は遅くても二十一時前には帰っているのに。
今朝、四時起きだった七瀬は、そろそろ眠気で限界だ。シャワーだけ浴びて、睡魔と闘いながら宗吾を待っていたら、二十三時半頃にようやく帰って来た。
「お帰りなさい! 遅かったね」
「なんだ、七瀬。まだ起きてたんだ。いつもさっさと寝てるから、もうとっくに寝てるのかと」
「たまには一緒にご飯食べようかと思って、メッセージ入れたんだけど、見てなかった?」
「あー……。仕事が忙しくて、スマホなんか見てる暇もなかったよ。飯、食ってきちゃった」
普段は何の用事もなくてもスマホとにらめっこしているのに、そんな長時間、見もしなかったなんて――。
そう口から出そうになったが、ぐっと呑み込む。
「あ、そうだったんだ」
宗吾が脱いだコートを受け取って玄関のハンガーに掛けてから、リビングのテーブルについた彼の前に缶ビールを置いた。
「そういえば今日、宗吾さんを新宿駅で見かけたよ! 珍しいね、外出だったんだ?」
空気がガラリと変わったのは、その瞬間だった。
「は!? 何でそんなこと気にするんだよ。仕事で一緒にいただけだろ! おまえ、いつもそんな風に疑ってばかりで疲れるんだよ!」
「疑うって……? 宗吾さんを見かけたって言っただけ……」
「そうやってネチネチと嫌みを言ってくるから仕事に集中できないんだよ! 自分は好き勝手してるくせに。少しは俺の立場を考えろよ!」
「…………」
なにが地雷だったのだろう。突然の宗吾の剣幕に圧倒されてしまい、言い訳も弁解もする余地がなかった。
そもそも、七瀬が言い訳するような話でもない。
だが、ひどく怒った宗吾は缶ビールを手にすると、それを思いっきり壁に向かって投げつけた。
まだ蓋は開いていなかったが、壁に叩きつけられた衝撃で飲み口が開いてしまい、壁や床にビールがぶちまけられてしまう。
「宗吾さん! こういう事はしないでって……」
床に落ちた缶を拾い上げ、タオルで濡れた床や壁を拭きながら宗吾を振り返る。でも、彼は無視して洗面所に行くと、大きな音を立てて扉を閉めた。
「あぁ……」
こうなると後の始末が大変になる。ビールではなく、宗吾のご機嫌が直るまで。
彼の言い方からすると、女性と一緒にいたことを七瀬が詰ったから怒った――ように見えるが、女性の存在など七瀬は一言も口にしていない。
近頃は、どこに地雷が埋まっているかわからず、迂闊にものを言えない空気になってきた。
一気に気分が沈んだが、いくら七瀬が謝ろうが何をしようが、彼の気が済むまで事態の打開はできない。
やりきれない思いで後片付けをした七瀬は、そのまま寝室に入ってヨガマットを敷き、安楽座で目を閉じた。
心が乱れたときは、何はともあれ深呼吸。激しく波打つ気持ちを治めるように深く呼吸し、瞑想をする。
過去や未来に囚われず、今この瞬間の呼吸に意識を集中するのだ。
こうやって心の均衡を保つことで、自分が傷つくのを最小限に留める。でも、いくら瞑想して心に平安をもたらしても、一番近くにいる人がその平安を脅かしてくる。
(私の内省だけでどうにかなることじゃないけど……)
ため息をつきかけて、まったく意識が集中できていないことに気づき、さらに深く息を吸い込んだ。
その夜、宗吾は寝室には入って来ず、リビングのソファで一夜を明かしたようだった。