そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
「いらっしゃいませ」

 席に案内しようと声をかけてきたウェイターに待ち合わせであることを告げ、宗吾に手を振った。
 宗吾は壁際のテーブルにいて、高級そうな革張りソファに腰を下ろしてグラスビールを飲んでいる。

「お待たせ!」

 外で宗吾の顔を見るのは久しぶりだが、清潔感のあるスパイキーショートヘアにビジネス用のツイストパーマは、顔立ちの整った宗吾によく似合っていた。
 シンプルだがおしゃれな眼鏡もピタリとハマっていて、仕立てのいいスーツは一切の皺もなくビシッと決まっている。いかにもデキる男だ。

「宗吾さん、今日は早く終わったの?」

 上着を脱ぎながら笑いかけると、宗吾は眼鏡の奥で目を細め、ため息をつきつつ言った。

「ここ何日も七瀬の顔を見てないと思って、早く切り上げたんだ」
「わざわざ時間作ってくれてありがとうね」

 荷物をソファに置くと、それを見た宗吾が眉をひそめる。

「また君は、そんな大荷物で……」

 レッスン帰りなので、七瀬の大きめのリュックにはヨガウェアの替えが二着、タオルや水筒が入っている。ヨガの聖典とも言える『バガヴァッド・ギーター』の文庫本も鞄にいつも忍ばせていた。それとは別に、円筒状に丸めたヨガマットも担いでいる。

「あ、ビールをお願いします」

 ウェイターにドリンクの注文をすると、渋い顔をしている宗吾はますます渋い顔をした。

「おしゃれな店を見つけたから、わざわざ七瀬のために選んだのに、そんなラフな格好で大荷物。すこしみっともないよ」
「あっ、もしかしてドレスコードのあるお店だった? あらかじめわかってたらちゃんと準備してきたんだけど、レッスン後だったから。ごめんなさい」
「そうやって、すぐ言い訳するのは七瀬の悪い癖だよ。そのエスニックのだぼだぼ服、俺はあまり好きじゃないんだ。服装も根本から見直した方がいい」

 付き合い始めた当初は、この服装をかわいいと褒めてくれたのだが、最近は宗吾の好みが変わったのかもしれない。
 宗吾の後ろの席のカップルが、彼の発言を聞いてすこしびっくり――いや、ドン引きしているのが七瀬からはよく見えた。
< 2 / 102 >

この作品をシェア

pagetop