そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
「うん、気を付けるね。そうしたら今度、一緒にお買い物に行かない? 宗吾さんの好きな服も知りたいから」
「なんで俺が――」

 そのとき、ウェイターがビールを運んできたので、七瀬は思わず彼に確認してしまった。

「すみません。私、お店のドレスコードに違反してますか? でしたら申し訳ないです」
「いえ、ドレスコードは設けてないです。お召し物、とても素敵ですよ」

 よく躾けられたウェイターの青年がリップサービスをしてくれたので、七瀬は安堵してお礼を言い、話を切り替えた。

「注文いいですか? 宗吾さんこれ見て、トリュフフライドポテトだって、おいしそう! このフライドポテトと……宗吾さんは何にする?」

 メニューを眺めながら、不穏な方向に流れて行きそうな会話を強引に打ち止めにする。

「いや、俺はいい。七瀬を見てたら、食欲がなくなった」

 ウェイターもこの物言いに驚いていたが、和ませるように七瀬はいくつか注文をすませて、ウェイターをこの凍りついた空気から解放してやった。

「仕事帰りだから許してほしいの。大荷物も、商売道具だから」

 あえて軽い口調で茶化すように言ったが、腕を組んだ宗吾は首を横に振った。

「普段から気を付ければ済むことだろ? その仕事も、考えた方がいい。フリーターなのにヨガに全振りしてて、このところ家事が疎かになってる。コマ数が多すぎるんじゃないか? 朝も早くから夜遅くまで、家のことを放ったらかしにしてまでする仕事じゃないだろう?」
「宗吾さん、フリーターじゃなくてフリーランスだよ」

 くすくす笑いながら訂正したが、宗吾は乗ってくれなかった。

 ヨガ講師である七瀬は、日中のクラスをメインにレッスンをしているが、火曜と木曜は出勤前のサラリーマンのための早朝クラスも受け持っている。
 早朝にスタジオへ赴かない日も、オンラインクラスを開催していたり、自分自身がレッスンを受けたりすることもあるので、生活は完全に朝型だ。
 就寝二十二時前後、午前四時起床、レッスンの準備に二人分の朝食準備、宗吾のお弁当を作り、洗濯物を干してバタバタと忙しない毎日を送っている。

 一方、宗吾は青山に本社があるIT関連企業に勤めている。新しいプロジェクトのマネージャーに抜擢されたとかで、毎日のように駆け回っているが、宗吾の会社はフレックスタイムを採用しているので、夜が遅い代わりに朝はのんびりだ。

 同棲を初めてもう二年半になり、このルーティーンが固定化されてしまっているので、何日も宗吾の寝顔しか見ていない日が続いていた。
 このすれ違い生活が、宗吾にとって不満の種なのはわかっている。
 でも、ヨガインストラクターとして軌道に乗り始めたところだし、今は仕事が楽しくて仕方がないのだ。

 クラスのコマ数が増えたということは、講師として人気が出てきた証拠だとも言えるし、ヨガはいくつになっても続けられるから、ライフワークにするつもりで専念している。
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