そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
 土曜日の夕方、表参道にあるスタジオ本部に顔を出し、来週の土曜に開催される名古屋スタジオのワークショップの件でミーティングをした。
 名古屋スタジオに赴き、七瀬が講師として開催するのだ。これは三ヶ月前から決まっていたことなので、宗吾ももちろん知っている。忘れてはいるだろうけど。
 ただ、ここ最近のギスギスした空気で、なんとなく口に出せずにいる。

(金曜前乗りで、日曜まで泊まりで行くって言ったら機嫌が悪くなるかな……)

 ワークショップは土曜の昼間だけだが、日曜日はプライベートで名古屋スタジオ講師のクラスを受講する予定なのだ。
 宗吾の反応を心配したが、彼だって出張先で延泊して羽を伸ばしてくるのだし。

 ヨガ講師として、他の講師のクラスを受講するのは大事なことだ。名古屋スタジオにも憧れのベテラン講師がいるので、是が非でも受けたい。その経験は自分の糧にもなるから。

 ――いちいち、自分の行動に対して、彼への言い訳を考えなければいけないことに、ふと疑問を抱いたときのことだった。

「やだ、宗吾さんってば!」

 七瀬の前方から、そんな女性の声が聞こえてきた。
 土曜日の表参道はとても賑わっていて、友人同士やカップルが大勢歩いている。七瀬の前にも仲睦まじそうなカップルが歩いているのだが、その後ろ姿は紛れもなく。

(宗吾さん……!?)
 前を行く二人は七瀬と同じ方向に歩いているので、こちらからは背中しか見えないが、恋人の後姿くらいはすぐにわかる。
 昨日、スーツで出かけた宗吾だが、今日はおしゃれなブラックのチェスターコートに白のスリムパンツを合わせたカジュアルな服装だ。去年のクリスマスに、七瀬がプレゼントしたコート。

 隣を歩くのはたぶん、先日新宿駅で見かけた栗毛の女性。
 今日は先日よりも念入りに巻き髪を作り、白いベレー帽に白黒のチェック柄コクーンコート、白いロングスカートで、誰がどう見てもデート中の美男美女カップルそのものだ。

 思わず足を止めそうになったが、後ろから歩いてくる人が大勢いる。立ち止まることはできずに、二人の後姿を見ながら、七瀬もそれについて行かなくてはならなかった。

(出張、嘘だったんだ……)

 前を行く二人の後ろをとぼとぼと歩きながら、下向きになる。
 では、昨晩はどこに泊まったのだろう。今夜はどこに泊まるのだろう。
 二人が笑い合い、彼女の方を向いた宗吾の横顔が見えた。
 いつもかけている眼鏡はなく、七瀬に向けることのないやさしい笑顔を、彼女には向けている。

 二人は表参道の交差点を曲がって原宿方面に向かったので、七瀬はうつむき加減に直進し、何も考えずに足が向くまま、逃げるように表参道から立ち去った。
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