そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
 今のワンシーンを、どう捉えればいいのだろう……。
 頭の中が空っぽになってしまって、何も考えられない。これが浮気じゃなければ、何を浮気と言うのだろうか。誤解? 何をどう曲解したら誤解という結論になるのか。

 新宿駅で見かけたことを話したら、異常に怒っていた。あれは、宗吾自身の後ろめたさの表れだったのかもしれない。
 二人の後をつけようなんて微塵も思わなかった。彼らの姿は見たくないし、どこへ行くのかも知りたくない。

「…………」

 ふと気づけば、南青山スタジオの近くにいた。無意識に、よく知っている場所まで来てしまったようだ。

 十二月に入って急に冬が訪れ、今日は天気はいいものの気温は低いし、夕方になって風も冷たくなった。
 辺りが暗くなり始めた頃、北風が吹きつけてきたので、マフラーを引き上げて耳まで埋もれたときだった。

「七瀬センセー?」

 背後から、最近よく聞くようになった男性の声が聞こえてきてドキッとした。
 驚いて振り返ると、スーツにロングコートというお馴染みの通勤スタイルをした陣がいる。

「陣さん! 今日はお仕事なんですか? 土曜日なのに」
「ええ。急ぎの仕事があったから、昼からちょっとだけ働いてきました。センセーは……これからレッスン?」
「あ、いえ……今日はもう帰るところです。本部が表参道にあるので、寄ってきました」

 表参道から南青山は徒歩圏内とはいえ、だいぶ遠くまで歩いてしまった。
 本当は原宿から山手線に乗って帰るつもりだったのに、これでは真逆だ。宗吾たちが原宿方面に向かったので、無心に別の道を行った結果である。
 よく考えれば、他のルートで原宿駅へ向かえばよかったのだが、同じ方向に足を向けるのが怖かったのかもしれない。

 無理やり笑顔を作って、なんとなく陣と並んで歩き出したが、人と話すことで、刺々しくささくれ立った気持ちが少しずつ落ち着きを取り戻していくのを感じていた。
 このまま一人で帰宅したら、きっとあの光景がずっと瞼の裏にチラついて、いくら瞑想をしようとアーサナに集中しようと、平静を保つことはできなかったかもしれない。

 だからだろうか。ポロっとそんな言葉が口をついて出てきてしまったのは。
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