そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
 ひとまず鞄の中からスマホを探し出したが、誰にどんな連絡をするべきか。焦りすぎてまったく思い浮かばなかった。

(落ち着こう、落ち着こう。まずは呼吸法……って、そこまで落ち着いてる場合じゃない!)

 半泣きでおろおろしながら部屋を出たら、正面に扉がある。そっと扉を開けてみたのだ
 高級ホテルさながらの洗面台と、広そうなお風呂があったのだ。

(やっぱりホテル……?)

 廊下を進むと、左手に玄関、右手に扉。ガラスの入っている扉の向こうに見えるのは、リビングだろうか。
 広々とした大理石の玄関には、七瀬の靴と男性の革靴が揃えて置かれている。

(ホテル……じゃなくて、陣さんのおうち……?)

 昨日の記憶で最後に一緒にいたのは陣だが、彼が履いていた靴だっただろうか。そこまでは見ていなかった。

 荷物を持てば、このまま帰れるのはわかったが、無断で逃げ帰るのも……。
 それに、ここを出たところでリモートクラス開催の解決にはならない。三十分で自宅に帰りつけるかどうか、わからないのだから。

 焦る気持ちでリビングにつながる扉を開けたら、時間が止まったように感じた。
 さっきのベッドルームも目を見張るほどの高級感にあふれていたが、このリビングの広大さときたら。
 ヨガのスタジオより広いかもしれない。

 角部屋らしく、正面と左手の壁に大きな窓があり、レースカーテンの向こうには、うっすら明るくなってきた都心の景色が広がっている。
 壁も床もグレー系で統一され、革張りソファのアイボリーがアクセントになっていて、間接照明が高級感をいや増していた。
 カウンターキッチンも、テレビで見るようなセレブのお宅のそれにしか見えない。
 落ち着かない面積のリビングには、ソファとダイニングセット以外に目につく家具はないが、機能的に見えた。

 壁掛け時計を見たら、五時四十五分。起きてから十五分もおろおろしていたらしい。

(ここでレッスン、できるよね……)

 でも、家主に無断で場所を借りるわけにはいかないし、レッスン着は持っているとはいえ、昨日から顔すら洗っていないのだ。とても人前に出せる顔ではなかった。
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