そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
 リビングの奥にも扉があるが、そこが寝室だろうか。
 口から心臓が飛び出しそうなほど緊張しつつ、遠慮がちにノックしてみたが返事はない。まだ明け方だし、在室していたとしても眠っているだろう。

 どうしようかと躊躇していたら、室内から微かな物音が聞こえ、いきなり扉が開いたので七瀬は飛び上がった。

「わ……っ」

 腰を抜かしそうになったが、眠そうな顔をしたスウェット姿の陣がそこにいたので、焦るより先に安堵した。
 迷い込んだ異世界で、見知った顔に出会った安堵感みたいなものだろう。

「あ、七瀬センセー……」

 欠伸を噛み殺す陣に、七瀬は泣きついた。

「陣さん、ごめんなさい。場所、貸してください……!」
「……場所?」
「六時半から、オンラインクラスがあるんです!」

 まだ寝ぼけている陣に昨日のことを問い質すより先に、これから早朝クラスを開催しなくてはいけないことを訴え、リビングの片隅を提供してもらうことになった。

 ついでに洗面所も貸してもらい、顔を洗って身なりを整える。
 タオルも簡単なメイク道具も持ち歩いていて本当によかった。大きなリュックを宗吾は嫌うが、実用面でこれに勝るものはない。

 それにしても……。
 大きくて白くて美しい洗面台、ちらりと背後の浴室を振り返ったら、白とベージュで統一された広々としたお風呂場には窓まであり、とても個人宅のものとは思えなかった。

(でもやっぱり、ホテル――じゃないよね? 陣さん、何者……?)

 自分が今どこにいるのか、改めて謎だった。
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