そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
「何言ってんだよ、料理は女のやることだろ。最近は目を瞑ってやってたけど、遊びみたいな仕事を言い訳にして、俺にコンビニ飯食わせたり冷凍でごまかしたり、人に甘えてばかりいないで、すこしは反省するべきだろ」
「…………」

 同棲をしはじめたときは、不器用ながらに宗吾もキッチンに立つことはあったはずだ。
 いつしか料理は七瀬にシフトしていたが、彼も社内での地位が上がり、仕事への責任も増え、会社にいる時間が長くなっていたからだ。

 七瀬が沈んだ顔をしたせいか「じゃあ行ってくればいいじゃん」と、投げやりに言われたので、それを嫌みと受け取らず、「ありがとう」と肯定的に受け止めたフリをする。
 しかしその後、ベッドに入って隣で高いびきをかく宗吾の寝顔を見ていたら、泣きそうになった。

 宗吾にとって、七瀬の仕事は仕事として認められるものではなく、ただの趣味ということになっているのだ。
 自宅でリモートクラスを開催すると、宗吾は「なんで家でそんなことを。その間、俺はじっと黙ってなきゃいけないのに」と、とても嫌がる。
 今朝、七瀬がリモートクラスをやっているとき、楽しそうに一緒にクラスを受けてくれていた陣のことを思い返してしまい、やり切れなさに胸がふさいだ。

 別に、一緒にヨガのレッスンをしてほしいなんて、言わないし思っていない。ただ、七瀬のやりたいことを認めて、尊重してほしいだけなのに。
 でも、宗吾は見下し、取るに足らないものとして片付けようとする。

 いくら七瀬がヨガの八支則を実践し、心豊かであろうと努力をしても、すぐに心は揺さぶられて、宗吾へのマイナスの気持ちが膨らむ。
 自分の忍耐が足りないのか、もっと大らかに受け止めればいいのか。

(――知ってますか、先生。仏の寛容さも、決して無限じゃないんですよ)

 そんな陣の言葉が思い出される。
 非暴力(アヒンサー)を忠実に守って、心ない宗吾の言葉に寛容であろうと努力しても、正直(サティヤ)を貫くのは難しくなる。
 宗吾から無下に扱われることに、自分の心が悲鳴を上げているのは無視できない。
 それに、平然と嘘をつかれることもつらい。

 二泊三日、ずっとあの女性と一緒にいたかはわからないが、クローゼットにかかっている宗吾のチェスターコートには、この家には存在しない甘い香りが沁みついていた。
 もしかしたらこの三日間、ずっと一緒だったのかもしれない。夜も一緒に過ごしたのかもしれない。
 じゃあ、なんのために七瀬と一緒に暮らしているのだろう。

(もう……無理だよ、こんなの)

 宗吾に背中を向け、頭から毛布をかぶって嗚咽を呑み込んだ。
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