そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
 それから一週間後の火曜日夜。

 南青山スタジオで十八時四十分からのレギュラークラスを受け持っているので、今日のレッスンの予約者名簿を確認していた。

 一応、経験者向けのレベル設定だが、初心者お断りというわけではない。
 ヨガに慣れている生徒ばかりならいいが、初めての生徒や慣れない生徒がいたら、アーサナの説明をより詳しくする必要がある。

「七瀬先生、今日は体験レッスンの方が一名いらっしゃいます」

 受付の女性に言われて、七瀬はうなずく。

「わかりました! 経験はある方なんでしょうか」
「体験申し込みでは、未経験になってました」

 初めての人に教えるときは、わくわく感があるが、緊張感も大きい。
 きっと体験レッスンを申し込むまで、最初の一歩を踏み出すにもかなりの勇気が必要だったはずだ。
 何事も、初めてのことに取り組むには相当なエネルギーが必要になる。
 せっかく気合を入れて体験に来てくれたのに、最初のイメージが悪かったら、その人はもう二度とヨガに触れなくなってしまうかもしれない。
 そう考えると、初めての体験を提供する側は責任重大なのだ。
 気負いすぎずに楽しんでもらえればいいのだが……。

 初めての生徒には、受付での事務手続きがあるので、レッスン開始の十五分前には来てもらうことになっている。
 手続きは受付で対応してくれるので、七瀬が口を出すことはないのだが、手続き前に挨拶を欠かさないようにしている。

 時間通りにやってきた体験レッスン希望の女性は、栗色の巻き髪をしたきれいな女性だった。

「体験の予約をしていた大楠です」

 受付でのやりとりが控室まで聞こえてきたので、七瀬も受付に顔を出した。

「初めまして。十九時からのクラスを担当する七瀬です。よろしくお願いします!」

 講師はスタジオではフルネームを名乗らない。みんな下の名前を、カタカナだったりアルファベットで講師名にしているが、七瀬は『七瀬』で活動しているのだ。

「……はじめまして。よろしくお願いします」

 彼女はじろっと七瀬を見て、慇懃無礼に言った。メイクもネイルも隙がなく、七瀬を見て笑う唇はどこか不敵にすら思える。
 まるで宣戦布告でもされたみたいだ。

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