そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
「スタジオでお待ちしてますね」

 なんとなく居心地が悪くなったので、そそくさと受付を離れ、次々やってくる常連の生徒と談笑しながらスタジオでストレッチを始めた。
 でも、彼女の顔を見てからずっとそわそわしている。
 あのときは顔をはっきり見たわけではないし、近くで見たのは後ろ姿だけ。
 でも……。

(宗吾さんと、一緒にいた人……?)

 だとしたらあの笑みは、七瀬のことを知っているという意味になるのだろうか。

 クラス開始の時間になったので、ひとまず懸念や雑念は追い払う。
 彼女が何者であろうと、七瀬のクラスを選択し、体験レッスンに来てくれたお客さまだ。仕事が始まれば、つまらないことを考えることもない。

 どこを伸ばすのか、何のために動かすのか、丁寧にポーズの説明を行う。
 もちろん、常連の生徒が飽きないようにバランスを取るのも忘れてはならない。
 最初は戸惑いもあったが、クラスを進めていくうちに些末なことは忘れ、楽しく七十五分のレッスンを終えることができた。

 終了後は着替えて帰る生徒を見送るのだが、彼女が更衣室から出てきたので、笑顔を向けた。

「お疲れさまでした! 今日が初めてのヨガだとうかがっていましたが、体とってもやわらかいですね。スポーツをされているんですか?」
「学生時代にすこし」

 彼女はにこりともせずに言い、ねめつけるように七瀬をじろじろ見た。

「ヨガはいかがでした?」
「思ったより楽しくなかったです。なんか、あんまり大したことなかったし」

 そう言われて、七瀬よりも受付さんのほうが面食らっていた。

「そうでしたか、申し訳ありません。でも、他にも先生はたくさんいますし、もしよかったら……」
「もう結構です。時間の無駄でした」

 無愛想にそう言って、彼女はさっさとスタジオを後にした。

「――なんです、あれ。あんな失礼な人、こっちから入会お断りですよ」

 受付さんが憤慨していたが、あの態度を見れば、やっぱり彼女が宗吾の相手であり、七瀬に敵意を持っているだろうことが知れた。
 今日は敵情視察ということだったのかもしれない。

 彼女の体験レッスン申込書を見たら、大楠沙梨という名前と二十三歳という年齢が判明した。勤務先は『アストラルテックソリューションズ株式会社』となっているが、これは宗吾の勤務する会社だ。
 新卒の、宗吾の後輩というところか。

 とすると、七瀬がここで講師をしていることは、まず間違いなく宗吾からの情報だろうが、彼らはいったいどういうつもりなのだろう。

(宗吾さん、私と別れたいならこんな回りくどいことをせず、直接言ってくれれば済むのに……)

 そう考えながら、自分から宗吾に別れを切り出すよりも、言われる方が楽でいいと思っている自分に気づき、肩を落とす。
 何事にも丁寧さを心がけたいのに、このところ投げやりになってしまっているのだから。
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