そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
 二十七階にある広い部屋で、テーブルなどはすべて片付けられていて、パイプ椅子が三十脚ほど並んでいた。
 大きな窓なので開放的で、夕焼けを背景に、新宿の高層ビル群もよく見える。

「隣の控室でお着替えしていただいて大丈夫です。中から鍵もかかりますので」

 担当者に案内されて着替えを済ませると、七瀬は講師用に準備されていたパイプ椅子に腰を下ろし、体を伸ばしはじめた。

「先生、椅子の間隔はこのくらいで大丈夫でしょうか」
「はい、腕を伸ばして前後左右の人とぶつからなければ問題ないので、十分です。何人くらいいらっしゃいますか?」
「お昼の時点で予約が三十八人でした。スペースもあるので、ギリギリまで受け付けてますから、もしかしたらもう少し増えるかもしれません。十八時までは予約受けてますので」

 しばらく担当者と雑談をしていたが、十八時にチャイムが鳴ると彼女がノートパソコンを開いた。

「今日の業務終了のチャイムです。今の時点で四十二人ですね」
「思ったよりいらっしゃるんですね。こういう企業さんには時々呼ばれますけど、四十人規模は滅多にないです」
「今日はノー残業ですし、ヨガに興味のある人も多いみたいですよ」
「ありがたいことです」
「では、私は外で受付を始めますので、よろしくお願いいたします」

 こうして終業からしばらくすると、続々と社員が入室してきた。

「こんにちは。今日はよろしくお願いします。前から詰めて座ってくださいね。今日はチェアヨガという椅子を使った簡単なストレッチなので、お着替えは必要ありません。荷物は後ろの机に置いてください」

 所変われど、講師の仕事は同じだ。若い社員が多いかと思ったが、意外と中高年の社員の顔もちらほら見える。「部長もいらしたんですか」などの日常会話もあり、それを楽しく眺めながら、時計が定刻を指したので立ち上がった。

「では、時間になりましたので始めたいと思います。講師の七瀬です、よろしくお願いいたします」

 会釈を返す面々を見て微笑むと、チェアヨガについて簡単な説明をする。

「チェアヨガは、お仕事の合間に席でできるストレッチです。就業中、一つでも取り入れるとだいぶリフレッシュできると思うので、いくつか覚えてみてくださいね。後で紙の資料も配布します。退出の際に受付でもらって行ってください」

 淀みなく説明し、さっそくいつもどおりにインストラクションを始めたのだが、遅れて入って来た男性の顔を見た瞬間、目が丸くなって頭が真っ白になった。

 だってそれは陣さん――あの三門陣だったのだ。

 彼は七瀬と目が合うとにこやかに笑い、一番後ろの空いている席に座った。
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