そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
 裏返っているが、それは同棲の記念にふたりで撮ったもので、ずっと棚の上に飾られていたものだ。

 この写真がある部屋で、宗吾は他の女性と……。

 嫌悪感で胸がむかむかしてきた。
 木製のスタンドは折れ、裏板も割れているから、きっと踏みつけたのだろう。
 七瀬の持ち物を、二人の思い出を、ことごとく破壊しなければ気が済まないほど腹を立てているのだ。

(そこまでのこと、私――した?)

 宗吾がここまで荒れたのは、もしかしたら陣が電話に出たせいかもしれないが、では彼は、自分の行いをどう捉えているのだろう。
 七瀬が浮気に気づいていると、宗吾にはわかっていただろうに。

 彼が他の女性と抱き合っているのを、七瀬は自分の耳で聞いてしまった。いくら七瀬が怒らない性格だからとはいえ、裏切り行為を笑って流せるほど寛容ではない。
 そもそも怒らないのではなく、怒らないように自分を律しているだけなのに。

 そっと写真立てを拾い上げてみたが、写真の中で仲睦まじそうに笑う二人の間には、はっきりと亀裂が入っていた。

「…………」

 これを見た瞬間、すべて終わったのだと実感する。もし宗吾が謝罪してくれたとしても、完全に七瀬の心は彼から離れてしまったのだ。

 そこからは脇目も振らずに荷物を詰め込み、大急ぎで部屋を後にした。
 勢いよく玄関から飛び出すと、驚いた顔をしている陣を横目に、スーツケースを少々乱暴に廊下に出し、押し込むように玄関扉を閉めた。
 そして、大急ぎで鍵をかける。

「七瀬さん、なにかあった……」

 強張った顔で家から出てきた七瀬を見て、陣が心配そうにしているが、今は何も説明したくなかった。
 たぶん、余計なことを言ったら大泣きしてしまうだろうから。

「早く、帰りましょう」

 もうここを、自分の帰る家とは呼べない。
 急かす声で言い、スーツケースの持ち手を握ろうとしたら、陣が先にそれをつかんで七瀬の手を反対の手で引いてくれた。
 七瀬も彼の手を握り返し、とぼとぼと二年半を過ごしたマンションを後にする。陣が連れ出してくれなければ、足が鉛のように重くて動けなかったかもしれない。

 車に戻ると、拓馬がにこやかに迎えてくれたが、七瀬は「お待たせしました」と蚊の鳴くような声で絞り出すのが精いっぱいだった。
 笑顔を作ることはできずに、目を伏せたまま。

「俺の家まで頼むよ、拓馬」
「了解」

 ただならぬ空気を察した拓馬は、それきり何も言わずスーツケースをトランクに入れ、軽口を叩くこともなく青山にある陣の自宅まで車を走らせた。

 それまで、必死に耐えていた。心を無にしておかなければ、一気に崩れてしまうのはわかっていたから。
 陣の自宅マンションに到着し、玄関をくぐって二人きりになったその瞬間――気づかわしげな陣の顔を見た途端、緊張の糸が切れた。
 ぼろぼろと涙があふれてきて、自分から陣の胸に縋っていたのだ。
 声を上げて泣いたりはしないが、涙は止まらない。

 普段は泣きたいことがあっても人前で泣いたりは絶対しないのに、陣にはもう何度も泣き顔を見られているせいで、ハードルが低くなっているに違いない。
 肩を震わせ、陣の胸に抱きついて泣く。

「七瀬さん――」

 彼はそれ以上何も言わずに、大きな手で七瀬の背中をそっと撫でてくれていた。
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