そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
 ヨガマットをなくしたのが気になっていたが、土曜の夜にここに置き去りにしてしまったのだろう。でも、玄関から見える場所にヨガマットはなかった。

 明かりをつけてリビングに向かうと、台所のシンクにたくさんの食器が洗わずに放置されていて、室内もどことなく散乱している。
 ふと、キッチンの床に落ちている物を見た瞬間、心臓がドクンと脈打った。
 そこにあったのは、割れたピンク色のマグカップ。

 同棲を始めたばかりの頃、宗吾とおそろいで買った色違いのマグで、割れているのは七瀬が使っていたものだ。
 たぶん、壁に叩きつけたのだろう。その光景が目に見えるように浮かんでくる。
 これを見て一気に気持ちが沈んだが、同時に、想像通りでもあった。

 カウンターの上には、画面が割れて、ほぼ粉々になった宗吾のスマホが置いてあるが、さっき彼が古い機種を持っていた理由はこれだったのだろう。
 壊したら後々自分が困るであろうことはわかるはずなのに、頭に血が上ると合理的な判断ができなくなってしまう。

 時折その姿を見せられてきたが、カーッとなった宗吾は怖かったし、そんな場面に何度も立ち会うことで、自分の心が麻痺していたのだと、安心できる場所に移った今は強く思った。

 リビングに視線を移すと、窓辺に筒状にしたヨガマットが転がっているのを見つけた。
 マットはとても丈夫なので、蹴ったり踏んだりしても目に見えるダメージはないが、よく見ると表面に傷がいくつもついている。
 角のような鋭利な部分に何度も叩きつけたのだろう。
 ここに置き忘れていったばかりに、これまで長く愛用してきたヨガマットを傷つけることになってしまった。マットにとても申し訳ない気持ちだ。

 貴重品と着替えを取りに来ただけなのに、破壊の痕跡をまざまざと見せつけられ、胸が苦しくなった。

(早く、出よう……)

 寝室に入って、クローゼットの中からスーツケースを取り出すと、着替えや貴重品、日用品などを詰め込んでいく。
 なるべく周囲を観察しないように目を逸らしてはいたのだが、床に落ちている写真立てがいやでも目に入ってきた。
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