そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
開いた口が塞がらない類の妄言だが、事情を知らない人から見たら、まったくの嘘だとは思えないかもしれない。
「三門専務……?」
一同の問いかけるような視線を受けて、陣は首を横に振った。
「完全な虚偽です」
動揺する理由はひとつもない。陣はまっすぐ宗吾の顔を見たまま断言した。
「ではなぜ、私の恋人は現在、三門専務の自宅にいるのですか?」
「朝倉マネージャー、履き違えないでください。今回のイレギュラーと、プライベートはまったく別の問題です。いや、別問題と言えない部分もありますが、それをここで話して困るのは、僕よりむしろ朝倉マネージャーの方じゃないですか?」
「それは立場を利用した脅しですか? パワハラだと思います」
立場の弱さを逆手にとって脅迫するのは、逆パワハラな気もするが……。
「いいえ、パワハラではなく事実です」
「そうでしょうか。先週、帝鳳本社で組合のワークショップが開催されましたよね、ヨガの。その講師こそ私の恋人の鈴村七瀬で、三門専務が指名したんですよね? それは利益相反や倫理規定違反になるのではないでしょうか」
「いや、論点がずれてますね。それとこれも別問題でしょう」
そこで言葉を切り、陣は左右を見回した。この話を続けていいかの確認だ。
明快な返答はなかったが、続けるよう促す空気があったので、陣は口火を切った。
「では、講師派遣の件について明確にお答えしておきます。僕は鈴村先生を指名で呼んではいません。組合にヨガのワークショップ開催の要望がかなりあると聞いていたので、参考までに近隣の『シャンティ』というヨガスタジオを紹介はしました。以前……二、三年ほど前になると思いますが、そのスタジオから講師を招聘した実績があったので。最終的に選定したのは組合です。組合に問い合わせていただいて構いません。そして、実際に講師を決定したのはスタジオ側です」
「…………」
「補足すると、僕がそのスタジオに通うようになったのは、このときのワークショップがきっかけです。当時の講師はアメリカに渡ってしまいましたが、いい講師が多いスタジオなので、ご興味があればみなさんもどうぞ」
淀みなくきっぱり言い切ると、宗吾はそれ以上なにも言えなくなったようで、悔しそうに押し黙った。
他の面々も虚を衝かれたようにしんとしている。
「ここで疑念が残るのも問題ですので、朝倉マネージャーの言うことが虚偽であることを、はっきり伝えさせてもらいます。僕に後ろ暗いところは何一つありませんから」
陣が七瀬と知り合ったのは、件のヨガスタジオであること。
彼女の恋人がアストラルテックの社員であることは、月曜日に秘書の木崎から今回の件の報告を受けるまで知らなかったこと。
そもそも七瀬が宗吾と別れるきっかけとなったのは、宗吾自身のモラハラと、大楠沙梨との浮気であること。
「十二月五日は、九州へ出張と鈴村先生に嘘を言い、大楠さんと表参道を歩いていたそうですね。出張があったかどうかは、アストラルテックに確認すればわかることです。先週の土曜日は、先生が地方ワークショップに行っている隙に、大楠さんを自宅に招いていたとか。これ以上は、この場に無関係の鈴村先生のプライバシーにも関わるので、詳細はお伝えしません。みなまで言わなくとも、朝倉マネージャーの心には覚えのあることばかりでしょう? 僕がたびたび鈴村先生と居合わせたのは、僕も彼女も青山を拠点にしているから。偶然です」
宗吾はそれでも怯むまいと、平常心を装って陣をにらみつけている。
「でも、すべて三門専務が言っているだけのことですよね。何の証拠もない」
「それを言ったら、朝倉マネージャーの言っていることも証拠はないですね。ただ、大楠さんがお弁当を作ったのも週末に誘ったのも、すべて朝倉マネージャーから快諾を得ていると聞いています。これも」
陣は資料の中から数枚の紙を取り出し、宗吾の前に置いた。
「これは業務メールの中で、朝倉マネージャーと大楠さんの私的会話をしているものです。お弁当の感想や、表参道でのデートの出来事、旅行の日程候補、その他もろもろ……。とてもストーカーをされているとは思えない内容ばかりですが」
「――私は何度も彼女に警告したんです。業務中にやることではないと。メールは……社内で和を乱すのはよくないと考え、適当に相槌を打ってましたが、業務外の時間に注意はしていました。公私の区別はつけるようにと……」
そのときだった。バンッと扉が開き、恐ろしい形相をした沙梨が飛び込んで来た。
「大楠さ――」
もう帰らせたはずの彼女がいることに、その場の全員が呆気に取られた。
彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔で宗吾の元へ歩み寄ると、驚き固まる彼の頬を力任せに平手でひっぱたいた。
「宗吾さんが呼ばれたって聞いて、擁護しようと思ってきたのに、この嘘つき! 客先に外出した後、直帰って嘘ついてホテル誘ったのどこの誰よ!? 彼女は相手してくれないからってお泊まりデートも二回したし、年末だって旅行しようって……スイート取ったのに、このクソ男――!」
突然の闖入騒ぎで、もはやヒアリングどころではなくなった。
数人がかりで沙梨と宗吾を引き離し――宗吾は一方的に叩かれまくっていただけだが――、収拾がつかぬまま、うやむやのうちにヒアリングは中止と相成ったのだった。
「三門専務……?」
一同の問いかけるような視線を受けて、陣は首を横に振った。
「完全な虚偽です」
動揺する理由はひとつもない。陣はまっすぐ宗吾の顔を見たまま断言した。
「ではなぜ、私の恋人は現在、三門専務の自宅にいるのですか?」
「朝倉マネージャー、履き違えないでください。今回のイレギュラーと、プライベートはまったく別の問題です。いや、別問題と言えない部分もありますが、それをここで話して困るのは、僕よりむしろ朝倉マネージャーの方じゃないですか?」
「それは立場を利用した脅しですか? パワハラだと思います」
立場の弱さを逆手にとって脅迫するのは、逆パワハラな気もするが……。
「いいえ、パワハラではなく事実です」
「そうでしょうか。先週、帝鳳本社で組合のワークショップが開催されましたよね、ヨガの。その講師こそ私の恋人の鈴村七瀬で、三門専務が指名したんですよね? それは利益相反や倫理規定違反になるのではないでしょうか」
「いや、論点がずれてますね。それとこれも別問題でしょう」
そこで言葉を切り、陣は左右を見回した。この話を続けていいかの確認だ。
明快な返答はなかったが、続けるよう促す空気があったので、陣は口火を切った。
「では、講師派遣の件について明確にお答えしておきます。僕は鈴村先生を指名で呼んではいません。組合にヨガのワークショップ開催の要望がかなりあると聞いていたので、参考までに近隣の『シャンティ』というヨガスタジオを紹介はしました。以前……二、三年ほど前になると思いますが、そのスタジオから講師を招聘した実績があったので。最終的に選定したのは組合です。組合に問い合わせていただいて構いません。そして、実際に講師を決定したのはスタジオ側です」
「…………」
「補足すると、僕がそのスタジオに通うようになったのは、このときのワークショップがきっかけです。当時の講師はアメリカに渡ってしまいましたが、いい講師が多いスタジオなので、ご興味があればみなさんもどうぞ」
淀みなくきっぱり言い切ると、宗吾はそれ以上なにも言えなくなったようで、悔しそうに押し黙った。
他の面々も虚を衝かれたようにしんとしている。
「ここで疑念が残るのも問題ですので、朝倉マネージャーの言うことが虚偽であることを、はっきり伝えさせてもらいます。僕に後ろ暗いところは何一つありませんから」
陣が七瀬と知り合ったのは、件のヨガスタジオであること。
彼女の恋人がアストラルテックの社員であることは、月曜日に秘書の木崎から今回の件の報告を受けるまで知らなかったこと。
そもそも七瀬が宗吾と別れるきっかけとなったのは、宗吾自身のモラハラと、大楠沙梨との浮気であること。
「十二月五日は、九州へ出張と鈴村先生に嘘を言い、大楠さんと表参道を歩いていたそうですね。出張があったかどうかは、アストラルテックに確認すればわかることです。先週の土曜日は、先生が地方ワークショップに行っている隙に、大楠さんを自宅に招いていたとか。これ以上は、この場に無関係の鈴村先生のプライバシーにも関わるので、詳細はお伝えしません。みなまで言わなくとも、朝倉マネージャーの心には覚えのあることばかりでしょう? 僕がたびたび鈴村先生と居合わせたのは、僕も彼女も青山を拠点にしているから。偶然です」
宗吾はそれでも怯むまいと、平常心を装って陣をにらみつけている。
「でも、すべて三門専務が言っているだけのことですよね。何の証拠もない」
「それを言ったら、朝倉マネージャーの言っていることも証拠はないですね。ただ、大楠さんがお弁当を作ったのも週末に誘ったのも、すべて朝倉マネージャーから快諾を得ていると聞いています。これも」
陣は資料の中から数枚の紙を取り出し、宗吾の前に置いた。
「これは業務メールの中で、朝倉マネージャーと大楠さんの私的会話をしているものです。お弁当の感想や、表参道でのデートの出来事、旅行の日程候補、その他もろもろ……。とてもストーカーをされているとは思えない内容ばかりですが」
「――私は何度も彼女に警告したんです。業務中にやることではないと。メールは……社内で和を乱すのはよくないと考え、適当に相槌を打ってましたが、業務外の時間に注意はしていました。公私の区別はつけるようにと……」
そのときだった。バンッと扉が開き、恐ろしい形相をした沙梨が飛び込んで来た。
「大楠さ――」
もう帰らせたはずの彼女がいることに、その場の全員が呆気に取られた。
彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔で宗吾の元へ歩み寄ると、驚き固まる彼の頬を力任せに平手でひっぱたいた。
「宗吾さんが呼ばれたって聞いて、擁護しようと思ってきたのに、この嘘つき! 客先に外出した後、直帰って嘘ついてホテル誘ったのどこの誰よ!? 彼女は相手してくれないからってお泊まりデートも二回したし、年末だって旅行しようって……スイート取ったのに、このクソ男――!」
突然の闖入騒ぎで、もはやヒアリングどころではなくなった。
数人がかりで沙梨と宗吾を引き離し――宗吾は一方的に叩かれまくっていただけだが――、収拾がつかぬまま、うやむやのうちにヒアリングは中止と相成ったのだった。