そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
「とっておきの秘策があるんだ。耳貸して」
青山の街を歩きながら、陣が耳に唇を寄せてくる。
その距離感に馴染むにはまだ時間がかかりそうで、どきどきしてしまったが、そんな七瀬の頬に陣の唇がふわっと触れた。
「――!」
「あ、ごめん。七瀬さんのほっぺが赤くなってかわいかったから、つい」
そう言って悪びれもせずに笑っているから、確信犯だろう。
「早く七瀬さんの中から、あいつの記憶を追い出さなきゃね。朝倉くんにはしっかり話をつけておくから、本当に心配いらない」
「彼に話して、わかってくれるでしょうか……」
そもそも人の話など聞く気もない男で、話してわかるなら、こんなにこじれることもなかったと思う。
「おっ、七瀬さんが意外に辛辣」
「そういうつもりじゃ……!」
陣はひとしきり笑うと、ポケットの中で七瀬の手をぎゅうっと強く握りしめた。
「従わざるを得ない人に対応を頼むから、大丈夫。三門の人脈、こういうときに使わないとね」
そう言って改めて七瀬に耳打ちするが、その内容に目を剥いた。とても一般人には使えない直接的な方法だ。
「こ、こんなときに使うような人脈ではないような……」
「そんなことより、明日はクリスマスイブだし、そろそろ俺だけ見ててほしいな。七瀬」
突然の呼び捨てで、握られた手が汗ばんでしまった。
罪のない笑顔で顔を覗き込まれ、寒さではなく熱さで頬が火照っている。そうでなくとも顔立ちの整った人なのに、こんなアップで微笑まれたら目が泳いでしまうではないか。
でも、同じ呼び方でも、宗吾の威圧感のある口調とはまったく違って、陣に呼ばれる自分の名前は、とてもふわふわしてやわらかいものに感じられた。
大事に大事に包まれているようで――。
胸がくすぐったいこの感覚を、ずっと大切に持っていたいと思う。
自分の目を見つめる陣に視線を合わせると、遠慮がちに彼の頬に指を当てた。
「……クリスマスプレゼント、陣さんは何が欲しいですか?」
いつももらってばかりなので、七瀬からも彼に何かあげたい。でも、陣なら欲しい物はなんでも買えてしまうだろう。ヘタな物をあげて失敗するくらいなら、本人に聞くのが一番だ。
「んーそうだな」
ちょっと考えて、名案を思いついた顔でうなずいた。
「七瀬にも、さん付けなしで陣って呼んでほしい」
「……それだけですか?」
と言いつつも、どきどきが加速していく。彼を呼び捨てになんてできるだろうか。
「俺には何よりのプレゼントだよ。七瀬は何が欲しい?」
頬に当てた七瀬の指をやさしくつかみ、陣が手のひらにくちづけてくる。そのあたたかくてやわらかな感触が、七瀬の冷えた指先に血を巡らせてくれる。
「私はもう、とっておきのプレゼントをもらいました」
「ん、言っとくけど、昨日のヨガマットはクリスマスのじゃないよ?」
「そうじゃなくて。安心して過ごせるとっておきの時間と空間を、陣にもらいました。今年、最高のプレゼントです!」
「……また、かわいいこと言う」
街中だというのに、陣がいきなり抱きしめてくる。
びっくりはしたが、彼のやわらかな笑顔を見たら、率直に気持ちを伝えてくれる陣が心から愛おしく感じた。自分の感情に嘘をつかない正直だ。
「七瀬のそういう慎ましいところ、ほんとに好きだ。ねえ、もうひとつ欲しいものが増えたんだけど、リクエストしてもいいかな」
「もちろんです。私にあげられるものなら」
すると、七瀬の肩を抱き寄せて歩き出しながら陣は言った。
「いつでもいいんだけど、七瀬の気持ちが整ったら――君の肌の温度を教えてほしいな……と」
ぶわっと顔中が赤らんだ気がする。つまりそれは――。
「――いつでもいいんですか?」
「なるべく早い方がうれしいけどね」
「クリスマスプレゼントは、二十四日の夜にこっそり枕もとに置いておくんです、我が家では」
そう伝えたら、陣がふと立ち止まった。
「それはつまり、今夜の十二時が過ぎたら二十四日……」
「えっ、それはフライングです! 二十四日から二十五日にかけて、ですよ!」
あわてて訂正したら、陣は意外と本気でがっかりしている。
「一晩の忍耐を試されるわけだ――」
「だって、明日は木曜日なんですよ。早朝レッスンがある日なので、今夜じゃゆっくりできないですよ」
ヨガを理由にお断り。宗吾相手だったら、ひとしきり詰られているところだが……。
「ああっ、そうだ! ランニングも行かなきゃいけないしね。なるほど、明日ならゆっくりしていいんだ」
「あ――え、っと……」
「それなら、我慢のしがいがあるかな」
またお互いの顔を見て、笑い合う。
そうして、ふたりの始まりの場所でもある『Vintage Voltage』の扉をくぐるのだった。
青山の街を歩きながら、陣が耳に唇を寄せてくる。
その距離感に馴染むにはまだ時間がかかりそうで、どきどきしてしまったが、そんな七瀬の頬に陣の唇がふわっと触れた。
「――!」
「あ、ごめん。七瀬さんのほっぺが赤くなってかわいかったから、つい」
そう言って悪びれもせずに笑っているから、確信犯だろう。
「早く七瀬さんの中から、あいつの記憶を追い出さなきゃね。朝倉くんにはしっかり話をつけておくから、本当に心配いらない」
「彼に話して、わかってくれるでしょうか……」
そもそも人の話など聞く気もない男で、話してわかるなら、こんなにこじれることもなかったと思う。
「おっ、七瀬さんが意外に辛辣」
「そういうつもりじゃ……!」
陣はひとしきり笑うと、ポケットの中で七瀬の手をぎゅうっと強く握りしめた。
「従わざるを得ない人に対応を頼むから、大丈夫。三門の人脈、こういうときに使わないとね」
そう言って改めて七瀬に耳打ちするが、その内容に目を剥いた。とても一般人には使えない直接的な方法だ。
「こ、こんなときに使うような人脈ではないような……」
「そんなことより、明日はクリスマスイブだし、そろそろ俺だけ見ててほしいな。七瀬」
突然の呼び捨てで、握られた手が汗ばんでしまった。
罪のない笑顔で顔を覗き込まれ、寒さではなく熱さで頬が火照っている。そうでなくとも顔立ちの整った人なのに、こんなアップで微笑まれたら目が泳いでしまうではないか。
でも、同じ呼び方でも、宗吾の威圧感のある口調とはまったく違って、陣に呼ばれる自分の名前は、とてもふわふわしてやわらかいものに感じられた。
大事に大事に包まれているようで――。
胸がくすぐったいこの感覚を、ずっと大切に持っていたいと思う。
自分の目を見つめる陣に視線を合わせると、遠慮がちに彼の頬に指を当てた。
「……クリスマスプレゼント、陣さんは何が欲しいですか?」
いつももらってばかりなので、七瀬からも彼に何かあげたい。でも、陣なら欲しい物はなんでも買えてしまうだろう。ヘタな物をあげて失敗するくらいなら、本人に聞くのが一番だ。
「んーそうだな」
ちょっと考えて、名案を思いついた顔でうなずいた。
「七瀬にも、さん付けなしで陣って呼んでほしい」
「……それだけですか?」
と言いつつも、どきどきが加速していく。彼を呼び捨てになんてできるだろうか。
「俺には何よりのプレゼントだよ。七瀬は何が欲しい?」
頬に当てた七瀬の指をやさしくつかみ、陣が手のひらにくちづけてくる。そのあたたかくてやわらかな感触が、七瀬の冷えた指先に血を巡らせてくれる。
「私はもう、とっておきのプレゼントをもらいました」
「ん、言っとくけど、昨日のヨガマットはクリスマスのじゃないよ?」
「そうじゃなくて。安心して過ごせるとっておきの時間と空間を、陣にもらいました。今年、最高のプレゼントです!」
「……また、かわいいこと言う」
街中だというのに、陣がいきなり抱きしめてくる。
びっくりはしたが、彼のやわらかな笑顔を見たら、率直に気持ちを伝えてくれる陣が心から愛おしく感じた。自分の感情に嘘をつかない正直だ。
「七瀬のそういう慎ましいところ、ほんとに好きだ。ねえ、もうひとつ欲しいものが増えたんだけど、リクエストしてもいいかな」
「もちろんです。私にあげられるものなら」
すると、七瀬の肩を抱き寄せて歩き出しながら陣は言った。
「いつでもいいんだけど、七瀬の気持ちが整ったら――君の肌の温度を教えてほしいな……と」
ぶわっと顔中が赤らんだ気がする。つまりそれは――。
「――いつでもいいんですか?」
「なるべく早い方がうれしいけどね」
「クリスマスプレゼントは、二十四日の夜にこっそり枕もとに置いておくんです、我が家では」
そう伝えたら、陣がふと立ち止まった。
「それはつまり、今夜の十二時が過ぎたら二十四日……」
「えっ、それはフライングです! 二十四日から二十五日にかけて、ですよ!」
あわてて訂正したら、陣は意外と本気でがっかりしている。
「一晩の忍耐を試されるわけだ――」
「だって、明日は木曜日なんですよ。早朝レッスンがある日なので、今夜じゃゆっくりできないですよ」
ヨガを理由にお断り。宗吾相手だったら、ひとしきり詰られているところだが……。
「ああっ、そうだ! ランニングも行かなきゃいけないしね。なるほど、明日ならゆっくりしていいんだ」
「あ――え、っと……」
「それなら、我慢のしがいがあるかな」
またお互いの顔を見て、笑い合う。
そうして、ふたりの始まりの場所でもある『Vintage Voltage』の扉をくぐるのだった。