『あなたを愛することはございません』と申し上げましたが、家族愛は不滅ですわ!

「お……おかあさまぁっ!!」

 弟のレックスも大声で継母の名前を呼ぶ。緊張の糸がはらりと落ちて、彼の瞳からもついに涙が滲み出した。

「「わあぁぁぁぁんっ!!」」

 二人とも号泣しながらキャロラインに抱きつく。

「よしよし。お継母様(おかあさま)が来たからにはもう大丈夫ですよ」

 継母は子供たちの頭をそっと撫でる。そのとき二人の傷付いた身体に気付いて、カッと怒りが湧いてきた。

 眼前の(バーバラ)をきっと睨み付ける。

「やっぱり、犯人はあなただったのですわね! 絶対に許しませんことよ!」

 彼女は街で出会ったスリの少年からの話を頼りに、タッくんと一緒に双子を捜索した。
 しばらくして、ドラゴンが声を拾ったのだ。レックスの悲痛な叫び声を。

「許さない、だって……?」

 バーバラの影がゆらりと動いたかと思ったら、

 ――バチンッ!

 今日で一番大きな鞭の音が鳴り響いた。

「許さないのはこっちの台詞さ! お前のせいで、私は全てを奪われたんだ! お前のせいでお前のせいでお前のせいでっ!!」

「それは自業自得ですわ! 子供を食い物にして、わたくしは怒っているのです!」

「我が消し炭にしてやろう」

 タッくんが雄叫びを上げる。人をすっぽりと包み込めるくらいの大きな口。地鳴りのように部屋中が揺れて、バーバラたちは総毛立った。

「な、なんだい、この生物は……!」

「まさか、ドラゴンか!?」

 タッくんの大きな口の奥から光が漏れた丁度その時、

 ――ぽんっ!

 彼はたちまち猫くらいの大きさに戻った。

「1分経った。時間(ゲームオーバー)だ」

「あら、もうそんな時間ですの? 早すぎますわ」

「……」

「……」

 バーバラたちはしばらく唖然としていたが、

「お前たち、この女をやっちまいな!」

 バーバラが叫ぶと、後ろに控えていた男たちが下卑た笑みを浮かべて前へ出てきた。
 キャロラインは懐から短剣を取り出して、タッくんも爪と尻尾に力を入れて臨戦態勢になる。

「この女は公爵夫人よ。仕込んでやったら高く売れるわ」

「ほう……いいじゃねぇか」

「なかなかの上玉だ」

 じりじりと男たちが近付いてくた。双子は(すく)み上がり、緊張の糸が再びピンと張っていく。

「二人とも……」

 その時、キャロラインが小声で双子に話しかけた。

「ここは、わたくしたちで戦うわ。そこの穴から逃げなさい」

「で、でもっ!」

「おかあさまは?」

「わたくしは、タッくんがいるから大丈夫。ね?」

「無論だ」

「……」

「……」

 双子は少しおろおろと視線を揺らしたあと、

「いこう!」

 レックスがロレッタの手をぎゅっと掴んだ。

「公爵の声が聞こえる。近くにいるはずなので、助けを求めるがよい」

「わかった。ぼく、おとうさまを、よんでくる。――おねえさま、いくよ!」

「で、でも……」ロレッタは涙目で答える。「あ、あしが、ふるえて、うごけなくて……」

 見ると、彼女の細い脚はガタガタと震えて、一歩踏み出すのも困難のようだった。

「のって!」

 にわかにレックスがしゃがみ込む。

「ぼくが、おんぶをする!」

 まだ小刻みに震えているロレッタを、タッくんが(くわ)えてレックスの背中に乗せた。

「何をごちゃごちゃ言ってるんだい? お前たちは、全員売られるんだよ」

「さぁ、急いで!」

 レックスは深く頷いて、姉を背負って夜の闇の中へ溶けていった。

「おい、逃げたぞ。いいのか?」

「まだ子供だよ。すぐに見つかるはずさ。まずはこの女を手籠めにしちまいな!」

 バーバラの言葉が合図かのように、男たちがキャロラインに飛びかかった。


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