『あなたを愛することはございません』と申し上げましたが、家族愛は不滅ですわ!


(わたくしは……スティーヴン様に婚約破棄宣言をされ、気が動転して……)

 キャロラインは混乱した頭の中を素早く整理する。一瞬で婚約者への愛情が消え去った今、目の前で繰り広げられている事実(・・)を、不思議と冷静に判断することができた。

(前世の記憶を思い出したのですわ……!)

 途端に、雷に打たれたような衝撃が彼女を襲う。たしかに自分は「キャロライン・フォレット」であり、「聖子」は記憶として今しがた思い出したのだった。

 それでも、

(わたくしは、こういう展開(・・)を知っていますわ)

 あれは、大学の夏休み。バイトもサークルも休みで特にやることのなかった聖子は、お金もないし暇つぶしにウェブ小説を読みまくっていた。

 そこでは、異世界というファンタジックな世界で、貴族たちの生活が描かれていた。彼女はいつもヒロインの悪役令嬢に感情移入をして、心の中で応援しながら読んでいた。

 そして今、キャロライン・フォレットは婚約者の王太子に婚約破棄を告げられている。
 この状況から読み取れる事実(こと)は、

(わたくし=悪役令嬢。わたくし頑張れですわっ!)

 王太子と男爵令嬢の愛の物語に求められるのなら、華麗に役を演じてみせましょう。
 悪役令嬢という、大役を!

 ――バッ!

 キャロラインは、愛用の扇を武器のように勢いよく広げる。

「な、なんだ……?」

 その堂々たる仕草に、スティーヴンはちょっと怯んだ。彼は実は小心者だった。
 彼女はすっと息を吸ってから、

「王太子殿下、その婚約破棄……あっ、謹んで〜〜〜、お受けいたしますわっ!!」

 力の限り、大声で叫んだ。

 ……沈黙。

 王太子大好きラブラブラブな、あの侯爵令嬢がこうもあっさり承諾したことに、スティーヴンはもちろん周囲の貴族たちも驚きを隠せない。ぽかんと品なく口を開けて、唖然として棒立ちしている。

 その様子は、自分以外が間抜けな脇役に見えて、キャロラインは満足感を覚えていた。

(わたくし、華麗……!)

 キャロラインは、くるりと美しく踵を返す。

「お、おい! まだ話が――」
 
 スティーヴンは彼女を引き留めようとするが、思わず目を奪われてしまう。侯爵令嬢として教育されて身のこなしに加えて、前世でのリズム感を思い出した彼女の動く姿は、ため息が出るほどに美しかったのだ。
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