『あなたを愛することはございません』と申し上げましたが、家族愛は不滅ですわ!

「どうした?」

 彼は言葉を止め、心配して妻の顔を覗き込む。
 彼女はまだ俯いたままだったが、一拍して意を決したように顔を上げて夫を見た。

「っ……!」

 彼女は表情は今にも泣きそうだった。しかし唇を引き結んで、何とか耐えていた。
 輝く金色の瞳は、強い意思が宿っているように感じた。

「旦那様……」

 キャロラインは震える声で囁く。

「ありがとうございます。わたくしは大丈夫ですわ」

 そして、ふっと柔らかく笑った。
 ハロルドの心臓が跳ねる。こんな瞬間なのに、女神のように凛々しく美しく感じたのだ。

「……王太子殿下、ピーチ男爵令嬢」

 キャロラインはしかっりとした視線を元婚約者たちに向け、一歩前へ踏み出した。
 会場内の注目を一斉に浴びる。緊迫した空気が、彼女の胸を締め付けるようだった。

 彼女は詰まったものを開放するようにすっと息を吐いてから、
「殿下のおっしゃる通り、嫌がらせ()事実です。改めて謝罪申し上げます」

 深々と、頭を下げた。

 少しの間だけ時間が止まる。
 貴族たちは思わず息を呑んだ。ハーバート夫人のお辞儀の美しさに見惚れてしまったのだ。

「キャロライン……」

 ハロルドは心痛な面持ちで妻を眺めていた。彼女の堂々とした姿は美しくもあり、そして静かな悲しみも帯びていた。

(これは、けじめですわ……)

 今は聖子が体の持ち主でも、キャロラインとしての記憶は残っている。
 彼女の言い分はほとんど正論ではあったけど、言葉の中に()()が含まれていたのも確かだ。必要以上に意地悪をしたのも確かだ。

 ――悪いことをしたのなら、謝らなければいけない。そこには身分なんて関係ない。

 キャロラインはロレッタとレックスによく言い聞かせていた。母親である自分がそれを体現(たいげん)しなければどうするのだ。

(過去の過ちを認めることで、お屋敷から追い出されるかもしれませんわね……。でも、都合の悪いことから逃げ回るような卑怯な真似を、子供たちに見せたくありませんわ)

 それは、彼女なりの教育方針だった。
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