それらすべてが愛になる
 「まぁ、一応婚約者はいる」

 「え…本当に?」

 大抵この手の話を振ると、おそらく周囲からあれこれ言われて過ぎているせいだろうが、嫌な顔をして話題を変えるのが常だった。

 自分ほどではないにしろ、洸もあまり一人の女性と長続きしていた印象がない。少し詳細が気になって日取りなどが決まっているのかと聞いてみると、おかしそうに首を振る。

 「いや何も決まってない。そもそも結婚を拒否されてる」

 そう言って洸はふっと笑う。

 それは婚約者とはいわないのでは、と樹は口を挟みそうになってやめた。
 どういう事情なのかは分からないが、洸の表情に深刻さはなくむしろ楽しげに見えたからだ。

 「樹はまだ前の会社で働いてんの?」

 「変わってないですけど」

 「実家の会社に行く気はないわけ?」

 「俺が?まさか、ないですよ」

 上総ホールディングスの事業は、お客様ありきのサービス業だといえる。
 兄の悟はより多くの人が満足する選択ができるが、自分はたくさんの人を笑顔や幸せにしたいとは思わないし、そもそも他人に興味がない。自分の性格上、サービス業の適性が備わっていないのだ。

 自分の身近の人が幸せであればそれでいい。
 サービス業を経営する人間のマインドとしては致命的だという自覚がある。

 「…ほんとお前って、視野は広いのに盲目的だよな」

 「自覚してます。そういえば兄貴と連絡取ってます?この前メール無視されたって寂しがってましたよ」

 「やだよ、あいつと会うとすぐ値切ってくるから。正式なアポなら秘書通せって言っとけ」

 洸は、悟と直接顔を合わせるのを極力嫌う。
 以前理由を聞いたことがあるが、会えば話が仕事以外にあちこちに飛んで話が進まない。しかしいざ仕事の話となるとすぐ値切ってくるから、と言っていた。

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