それらすべてが愛になる
 窓の外は雨が本降りになり、窓に強く叩きつけるように降っていた。
 まだ昼なのに、まるで日が落ちる時間かと思うほどに暗い。

 洸は不意に、あのイタリアでの雨の瞬間と、一人濡れている清流の姿がよぎった。

 ――何だか、胸騒ぎがする。

 「……悪い、今日は帰る」

 「え、どうしたんすか?つーかこの後の打ち合わせは!?」

 「唯崎か榊木に代わりに出てもらってくれ。電話には出る」

 そう言って洸は鞄をひったくるようにしてオフィスを飛び出した。



 槙野が別件でつかまらず、洸はタクシーを飛ばしてマンションに戻った。

 長いアトリウムも広いエントランスホールも今日ばかりは煩わしく、普段なら走ることのない場所を駆け足で走り抜ける。

 乗り込んだエレベーターが七階に着き、部屋の鍵を開けてドアを開けた。

 「……清流?」

 清流は体調を崩して部屋で寝ているはずだ。だから今日は家の電気は付けて出たはずなのに、部屋の中はすべての電気が消えて真っ暗だった。

 センサーが付き、玄関だけが明るくなる。

 洸は靴を脱ぎ廊下を通って、リビングドアを開けるも当然真っ暗で、人影はない。


 おはようございます、と毎朝出迎えてくれたキッチン。
 向き合って座ったダイニングテーブル。
 酔っ払って眠りこけていたソファー。

 日常の切れ端のような出来事が、次から次へと思い起こされる。


 利用している関係性である限り境界線は超えないつもりだった。
 それが、部屋のどこにも清流がいて消えないどころかもう切り離せないほどなのに、肝心の本人がいない。

 すべての部屋を開け放った後、最後に清流が使っていた部屋の前に立ち、そっとドアを開けた。


 本当は、初めから気づいている。

 目の端で確認した玄関先に、清流の靴がなかったこと。

 ただ、理解することを頭が拒否している。


 「なんでだ……?」



 清流と暮らした五ヶ月は何もかもが想定外で、


 何もかもが遅すぎた。


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