それらすべてが愛になる
 これは洸が早乙女家に訪れるため、そして相手の出方を見るために用意していたフェイクだ。

 洸の言葉に最初に反応したのは、意外なことに佐和子の隣りで黙り込んでいた叔父の久志のほうだった。

 「それは本当ですか?実は、私たちもどうなったのかと話していたんですよ。気になってはいましたが聞くわけにもいきませんしね。いや、維城商事の御曹司の方とご縁ができたとなれば私たちもこれで一安心です。お前もそう思うだろ?」

 久志の喜び方に嘘はなさそうだった。
 それに演技ができるほど器用にも見えない。

 「そう言っていただけてほっとしました。清流さんはすでにご両親が他界されているので、やはり早乙女さんご夫妻にご報告をするのが筋かと思いまして突然ですが今日お伺いしたんです。これも以前料亭で偶然清流さんとお会いできて、佐和子さんにお膳立てしていただいたおかげですから、とても感謝しています」

 洸は笑みを浮かべて、佐和子に視線を向ける。

 その佐和子の顔からは先ほどまでの愛想のいい笑顔は消えていて、目線は洸とは合わずにどこか一点を見つめていた。

 「おい佐和子、どうしたんだ?」

 「……うるさいわねっ!」

 突然大声を張り上げた佐和子に、久志は驚いて隣りに座る佐和子をぎょっと見やった。


 (……もう少しだ)

 佐和子がどれだけ興奮し理性を失っているかは、わなわなと震える肩と歪んだ口元を見ても明らかだった。

 洸は冷静に見極めながら、そのときを待つ。

 「本当にどうしたんだ?おかしいぞお前、」

 狼狽える久志と俯く佐和子を交互に眺めつつ、洸は持ってきていた鞄から一枚の書類を取り出した。


 「ところで早乙女さん、都筑麻由子《つづきまゆこ》さんという女性をご存知ですよね?」


 その名前を聞いて佐和子ははっと顔を上げ、ようやく洸と目が合った。

 その目の奥には驚愕と、畏怖と、怒りを孕んでいる。


 さあ、化けの皮を剥がして晒してしまえばいい。

 綺麗にほどした化粧の下に隠したその本性を。

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