それらすべてが愛になる
 ちょうど今から一ヶ月くらい前、ある男が清流を尋ねてきた。

 この仕事をしているとだいたい分かる。あれはおそらくマスコミ関係か記者などの類の人間だ。
 マニュアル通りの対応をして再び現れることはなかったが、それ以降彼女の様子が見るからに普段と様子が違っていた。

 そして、一週間前。
 平日にもかかわらず、彼女は大きなスーツケースを持ってエレベーターから降りてきた。

 とてもこれから旅行に行くというような浮き足だった雰囲気ではなく、思い詰めすぎて感情を無くしたような、蒼白の顔だった。

 「あの、これお願いできますか?」

 そう言って清流がカウンターに置いたのは部屋の鍵。

 彼女の引っ越し手続きをしたのも、引っ越し当日に対応したのも金井だった。
 この非接触キーの説明したときの、目を白黒させて説明を聞いていたのを今でもよく覚えている。

 「お預かりでよろしいですか?」

 「いえ……あっ、はい、お願いします」

 「確かに承りました。これからご旅行ですか?」

 長期に部屋を空ける場合、コンシェルジュに鍵を預けて出かける住人もいるが、彼女の態度からこれは旅行ではないなと金井は思った。

 「……えっと、はい…そうです」

 「左様でございますか。雨が強くなってきましたし荷物もありますから、よろしければタクシーをお呼びしますがいかがいたしますか?」

 この時間であればすぐに手配できると思いますよ、と添えると、少し考えてから彼女はよろしくお願いします、と金井の提案を受け入れた。

 コンシェルジュは住人側から持ちかけられた相談事に応えるのが仕事で、こちら側から住人を詮索するのは、このマンションでの規則ではご法度だ。

 だからこれは詮索ではない――あくまでコンシェルジュとしてのサービス業務の一環だ。

 そう言い聞かせて、金井はタクシーの手配を進めながら自然体で尋ねる。


 「かしこまりました。ちなみにどちらへ行かれるご予定なんですか?」


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