それらすべてが愛になる
 それからシフトの都合などもあり、金井が洸と顔を合わせることになったのは清流がマンションを出てから三日後のことだった。

 その日は遅番で夜に帰ってきた洸を出迎えた。
 どこか普段と違う様子に、清流から預かった鍵の件を口実に話しかけたのは金井のほうだった。

 洸は話を聞いて驚いていた。
 どうやら彼女が鍵を預けて出て行ったことは知らなかったらしい。

 「何か言づけなどは?」

 「いいえ、承っておりません」

 金井がそう答えると、鍵を受け取った洸は言葉には出さないものの明らかに落胆した表情をした。

 「…ですが、スーツケースをお持ちだったのでタクシーをお呼びいたしました」

 カウンターを通り過ぎようとした洸は足を止めて、こちらに振り向いた。
 なぜそんなこと言ったのか、このときの感情を金井は今も説明できないでいる。

 「行き先は?」

 「それは分かりませんが、ただ…」

 たとえ同じ部屋の住人同士のことであっても、コンシェルジュから住人の個人的な情報を伝えるのは規則違反だ。

 「ここだけの話にしておいていただけますか?」

 そう尋ねると洸は少し間を置いてから頷いた。

 「……工藤様はご両親のお墓参りに行くとおっしゃっていました」

 その日、金井はコンシェルジュ歴十二年で初めて規則を破った。




 それから数日経った昨夜、二人は寄り添って戻ってきた。

 二人の間に何があったのかは分からないし、そんなことはコンシェルジュである自分が知る必要のないことだ。

 ポーンとエレベーターが到着する音がして、金井は背筋を伸ばす。
 降りてきたのは、今まさに頭の中で考えていた二人だった。

 おはようございます、と笑顔で挨拶する清流の傍らには洸が寄り添っていて、こちらに向かって軽く会釈をした。


 「いってらっしゃいませ」


 (……そういえば、二人で出社するのを見るのは初めてだわ)


 金井はそっと台帳を閉じて二人の後ろ姿を見送りながら、金井は穏やかに微笑んだ。

 今日もこのマンションは、平和だ。


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