それらすべてが愛になる
 「うちの会社はオープンスペースを謳ってるから、明日以降は出社したら好きなところ座ってねって言いたいところだけど、あいにくうちの課はこの広さしかないから席が限られてるのよね」

 経営企画課の部屋は、席と席の間がゆったりめにスペースが取られているせいもあって、席は六席しかない。
 その代わりにというべきか、壁際には資料を収納するためのキャビネットが所狭しと置かれていた。

 「フリーアドレスっていったって、一週間ちょいで一周しちゃいますもんね。あ、俺は舞原颯《まいはらはやて》。ほら、唯崎さんも挨拶挨拶!」

 清流の前に座るのが舞原で、その舞原は自分の隣りに座る眼鏡の男性の肩をバシバシと乱暴に叩く。
 カタカタと目にも止まらぬ速さでキーボードを打っていた手がその衝撃で止まり、ズレた眼鏡のフレームを指で直した。

 唯崎と呼ばれた男性は、舞原の振る舞いに慣れているのか眉を寄せるだけで何も言わず、目線だけを清流に向けた。

 「唯崎奏馬(ゆいざきそうま)です、よろしくお願いします」

 「こちらこそ、よろしくお願いします…」

 細いフレームの奥の目は、冷ややかとまではいかないがあまり感情が見えない。
 唯崎はそのまま目の前のノートパソコンに視線を戻すと、再び何事もなかったかのようにキーボードを打ち始める。

 「あー、唯崎さんはこれが通常モードだからあんまり気にしないでね?いやあ、でもほんと新しい子が来てくれた助かったよ」

 そう言って向かいに座る颯がニコニコと話しかける。

 欠員が出て以降は、それまで課の最年少だった舞原に一番皺寄せがきていたため、清流の加入を真っ先に歓迎したのが彼だった。

 「やっっとこの地獄の日々から解放されるー!」

 (じ、地獄…?)

 歓迎されているのは嬉しいけれど、舞原から発せられるワードの不穏さに、清流の不安感が一気に増した。

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