まじめ医療部員の由良さんは、北条ドクターの甘々包囲網の中
10 兄の提案
由良の病室に飛び込んできたのは、ピンクのシャツに白いスラックス姿の派手な格好の男性だった。
でも抜群のスタイルと華やかな顔立ちのせいで、その格好でも何とか似合っていた。年齢はもう四十を回るのに若々しいのは相変わらずだなぁと思いながら、由良はベッドの上で目を丸くする。
「お兄ちゃん。どうしたの?」
「どうしたって。お前が頭打って、救急搬送されたって聞いて……!」
由良の兄、尚史はベッドの脇に立ってわたわたと由良を見下ろす。
由良は会社での緊急連絡先が尚史になっているのを思い出した。たぶん北条が連絡してくれたのだと知って、こんなことでも迷惑をかけてしまったと申し訳なく思う。
尚史は由良の頭にそっと触れながら、その顔をのぞきこむ。
「脳波は大丈夫だろうな? 傷、見せてみろ」
「大丈夫だよ。縫ってもいないし、検査したけど異常もなかったんだから」
尚史は基幹病院で外科医をしている。だからなのか、ちゃんと説明しなければうちの病院に運び込むと言わんばかりだった。
由良は包帯を解く勢いだった尚史を何とか押しとどめて、傍らの椅子に座ってもらう。
尚史は長い脚を組んで、憤慨した様子で言葉を投げかける。
「インターンで来た大学生が逆恨みでお前に怪我を負わせたって。どういう会社なんだ? ただでさえお前は体が弱いのに、そんな会社に預けてなんておけない」
「預けてって。何度も言うけど、私は今の会社でずっと働いていくつもりだよ」
由良が顔を上げて反論すると、尚史は納得していない様子で言葉を続ける。
「就職のとき、体調が優れなかったら俺のところに戻ってくる約束だったよな?」
「……そんな約束してない」
由良はむすっとしてぼやく。
由良はすでに両親を亡くしていて、兄の尚史は由良と十二歳も年が離れているものだから、子どもの頃から親代わりのようなものだった。彼は事あるごとに由良を自分の手元に置こうとするから、外で働いていきたい由良とは喧嘩になってばかりだった。
黙りこくった二人のところに、女性の声が仲裁のように入ってくる。
「由良ちゃんが心配なのよ。私も由良ちゃんが家に来てくれたら安心なのよ?」
「義姉さん」
ふっくらした、見た目もその性格もおおらかな義姉の穂波に言われて、由良は首を横に振る。
義姉も傍らの椅子に座って、心配そうに由良をのぞきこむ。
「体が弱いのは由良ちゃんのせいじゃないの。病気を持つ人は、適切な医療を受けてしかるべきでしょう? 私も、由良ちゃんを一人にしておくのは心配だわ」
元看護師の義姉にまで優しくたしなめられて、由良は困ってしまう。
「そういうわけにはいかないですよ。私、もう大人なんだし」
由良が首を横に振ると、義姉の横から十歳の甥まで顔を出して言う。
「じゃあ僕、大きくなったらパパと同じ医者になって、由良ちゃんとケッコンする」
「フミくんまで……」
小さな病室は四人も入るといっぱいで、由良は困りながらもそれに安心している自分がいる。
この家族は総出で、由良の仕事をやめさせようと説得しようとしてくるのだからたまらない。でもみんな優しくて、由良を心配してくれているのがわかっているから、一緒にいるのは嫌じゃない。
由良は実は溺愛している甥に、優しくさとす。
「フミくん、ケッコンは好きな人とするものなんだよ。フミくんはかっこいいから、きっと将来、フミくんにぴったりの人が現れる。そういう人をみつけようね?」
「そうかなぁ……でも由良ちゃんが心配だな。由良ちゃん、貧血は最近大丈夫?」
「……だ、大丈夫だよ。ちゃんと薬も飲んでるんだよ」
何気に鋭い甥に、由良はひやひやしながら言葉を返す。
由良が未だに貧血や肺炎で病院に通っていると知られたならどうなるのだろう。それこそ兄がその過保護で、由良の仕事を奪ってしまいかねない。
「顔色が悪いが、病院は通っているんだろうな?」
「電車の中で気分が悪くなったりしてない?」
医療従事者の家族はこういうとき厄介だった。尚史も義姉も口々に由良の近況を探ろうとしてきて、由良はどぎまぎしてしまう。
ふいに尚史と義姉が顔を見合わせて、何か意思を通じ合わせたようだった。元々お見合いで結婚した二人だが、その意思疎通は確かだ。並みの恋愛結婚より強固な信頼関係を築いているから、由良ではまったく敵わないほど強烈なスクラムを組んでくることがある。
「お前の体調が悪いときにこんな話も何だが……お前をこのままにはしておけない」
尚史はじっと由良を見据えて言葉を切り出す。
「由良。お前、お見合いをしてみる気はないか?」
「……え?」
由良は考えたこともなかったことを聞いて、一瞬思考が停止してしまった。
たっぷり一分は考え込んだ後、由良はそろりと問い返す。
「そういうのは……もっと若かったり、資産のあるお嬢さんがするんじゃないかな? ほら、私三十一で、家業があるわけでもないし、お見合いには……」
由良は真っ当なことを言ったつもりだったが、尚史は頑として言い返す。
「心配要らない。俺と穂波で厳選した家の男だ。お前のことを先方も知っていて、ぜひにと乗り気だ。……俺もあいつならいいと思っている」
「で、でも。私その人のこと知らないし」
由良は自分の思いつく反論を言おうとしたが、尚史は譲らなかった。穂波も尚史の隣で力強くうなずく。
「とにかく一度会ってみろ。いいな、お前のためなんだ」
由良は突然の話に目を回しながら、その後も言葉を尽くして精一杯抵抗したのだった。
でも抜群のスタイルと華やかな顔立ちのせいで、その格好でも何とか似合っていた。年齢はもう四十を回るのに若々しいのは相変わらずだなぁと思いながら、由良はベッドの上で目を丸くする。
「お兄ちゃん。どうしたの?」
「どうしたって。お前が頭打って、救急搬送されたって聞いて……!」
由良の兄、尚史はベッドの脇に立ってわたわたと由良を見下ろす。
由良は会社での緊急連絡先が尚史になっているのを思い出した。たぶん北条が連絡してくれたのだと知って、こんなことでも迷惑をかけてしまったと申し訳なく思う。
尚史は由良の頭にそっと触れながら、その顔をのぞきこむ。
「脳波は大丈夫だろうな? 傷、見せてみろ」
「大丈夫だよ。縫ってもいないし、検査したけど異常もなかったんだから」
尚史は基幹病院で外科医をしている。だからなのか、ちゃんと説明しなければうちの病院に運び込むと言わんばかりだった。
由良は包帯を解く勢いだった尚史を何とか押しとどめて、傍らの椅子に座ってもらう。
尚史は長い脚を組んで、憤慨した様子で言葉を投げかける。
「インターンで来た大学生が逆恨みでお前に怪我を負わせたって。どういう会社なんだ? ただでさえお前は体が弱いのに、そんな会社に預けてなんておけない」
「預けてって。何度も言うけど、私は今の会社でずっと働いていくつもりだよ」
由良が顔を上げて反論すると、尚史は納得していない様子で言葉を続ける。
「就職のとき、体調が優れなかったら俺のところに戻ってくる約束だったよな?」
「……そんな約束してない」
由良はむすっとしてぼやく。
由良はすでに両親を亡くしていて、兄の尚史は由良と十二歳も年が離れているものだから、子どもの頃から親代わりのようなものだった。彼は事あるごとに由良を自分の手元に置こうとするから、外で働いていきたい由良とは喧嘩になってばかりだった。
黙りこくった二人のところに、女性の声が仲裁のように入ってくる。
「由良ちゃんが心配なのよ。私も由良ちゃんが家に来てくれたら安心なのよ?」
「義姉さん」
ふっくらした、見た目もその性格もおおらかな義姉の穂波に言われて、由良は首を横に振る。
義姉も傍らの椅子に座って、心配そうに由良をのぞきこむ。
「体が弱いのは由良ちゃんのせいじゃないの。病気を持つ人は、適切な医療を受けてしかるべきでしょう? 私も、由良ちゃんを一人にしておくのは心配だわ」
元看護師の義姉にまで優しくたしなめられて、由良は困ってしまう。
「そういうわけにはいかないですよ。私、もう大人なんだし」
由良が首を横に振ると、義姉の横から十歳の甥まで顔を出して言う。
「じゃあ僕、大きくなったらパパと同じ医者になって、由良ちゃんとケッコンする」
「フミくんまで……」
小さな病室は四人も入るといっぱいで、由良は困りながらもそれに安心している自分がいる。
この家族は総出で、由良の仕事をやめさせようと説得しようとしてくるのだからたまらない。でもみんな優しくて、由良を心配してくれているのがわかっているから、一緒にいるのは嫌じゃない。
由良は実は溺愛している甥に、優しくさとす。
「フミくん、ケッコンは好きな人とするものなんだよ。フミくんはかっこいいから、きっと将来、フミくんにぴったりの人が現れる。そういう人をみつけようね?」
「そうかなぁ……でも由良ちゃんが心配だな。由良ちゃん、貧血は最近大丈夫?」
「……だ、大丈夫だよ。ちゃんと薬も飲んでるんだよ」
何気に鋭い甥に、由良はひやひやしながら言葉を返す。
由良が未だに貧血や肺炎で病院に通っていると知られたならどうなるのだろう。それこそ兄がその過保護で、由良の仕事を奪ってしまいかねない。
「顔色が悪いが、病院は通っているんだろうな?」
「電車の中で気分が悪くなったりしてない?」
医療従事者の家族はこういうとき厄介だった。尚史も義姉も口々に由良の近況を探ろうとしてきて、由良はどぎまぎしてしまう。
ふいに尚史と義姉が顔を見合わせて、何か意思を通じ合わせたようだった。元々お見合いで結婚した二人だが、その意思疎通は確かだ。並みの恋愛結婚より強固な信頼関係を築いているから、由良ではまったく敵わないほど強烈なスクラムを組んでくることがある。
「お前の体調が悪いときにこんな話も何だが……お前をこのままにはしておけない」
尚史はじっと由良を見据えて言葉を切り出す。
「由良。お前、お見合いをしてみる気はないか?」
「……え?」
由良は考えたこともなかったことを聞いて、一瞬思考が停止してしまった。
たっぷり一分は考え込んだ後、由良はそろりと問い返す。
「そういうのは……もっと若かったり、資産のあるお嬢さんがするんじゃないかな? ほら、私三十一で、家業があるわけでもないし、お見合いには……」
由良は真っ当なことを言ったつもりだったが、尚史は頑として言い返す。
「心配要らない。俺と穂波で厳選した家の男だ。お前のことを先方も知っていて、ぜひにと乗り気だ。……俺もあいつならいいと思っている」
「で、でも。私その人のこと知らないし」
由良は自分の思いつく反論を言おうとしたが、尚史は譲らなかった。穂波も尚史の隣で力強くうなずく。
「とにかく一度会ってみろ。いいな、お前のためなんだ」
由良は突然の話に目を回しながら、その後も言葉を尽くして精一杯抵抗したのだった。