まじめ医療部員の由良さんは、北条ドクターの甘々包囲網の中
19 ナースマンからのお礼
上川の異変を見た勇人は、すぐさま冷静なドクターの顔になって指示を出し始めた。
「由良さん、救急車を呼んで! そこの彼はバケツとコップ、あと水をピッチャーで持ってきてください!」
由良とアルバイトは、急いで勇人の指示に従った。その間に勇人は上川の体勢を整えて喉元を楽にさせると、屈みこんで呼びかける。
「上川君、聞こえますか? 上川君? 聞こえたら手を動かして」
勇人が肩を叩くと、上川はうめきながらもぴくりと手を動かした。勇人は目を細めて、言葉を続ける。
「そう、そのまま。寝てはいけません。……由良さん、上川君の飲酒量はわかりますか?」
「え……と、ジョッキで三杯くらい」
「彼は酒が飲めないんです。完全に飲みすぎですね。でも血中アルコール濃度が下がらないと危険もある」
勇人は由良に手伝ってもらいながら上川の上半身を起こす。
「水は飲めますか? 少しずつでいいから飲んでください」
勇人は声をかけ続けながら、上川の口元に水を運ぶ。上川は少し水を飲んだものの、すぐに苦しそうにせき込んだ。
「吐いていいですよ! どんどん吐いて。でも少しずつ水も飲んで。君も看護師だからわかるでしょう?」
水、バケツ、また水、バケツ。
それから救急車が来る十五分後まで、二人は上川を介抱していた。幸い救急車に引き渡す頃には上川の意識ははっきりしていて、顔色も血の気が戻っていた。
上川はちらっと勇人を見て、悔しそうに悪態をつく。
「くそ……。やっぱこういうとき……北条ドクターに敵わねーや」
勇人はそれを聞いて、苦笑しながら上川に言った。
「君が介抱されてどうするんですか。「鉄骨」と言われたナースマンでしょう?」
「ちぇ……」
担架の上で上川は舌打ちして、大人しく運ばれるままになった。
由良は全身にびっしりと汗をかいていて、しばらく上がった呼吸を整えられずにいた。そっと勇人に背中を叩かれるまで、これが現実だという実感さえなかった。
「もう大丈夫。由良さんも、よくがんばった」
「は……ぁ、ほ、ほんとです……か?」
「ええ。看護師を志した経験が役に立ったんですよ。冷静に対応できていました」
勇人は由良を労うと、先に立ち上がって由良を助け起こす。
「明日、一緒にお見舞いに行きましょう。おそらく心配ないと思いますが」
勇人の言葉のとおり、上川の容態は翌日には全快していて、彼はさっさと自分で退院の手続きを取っていた。
その翌々日には、上川は職場にも復帰して、ばつが悪そうに勇人に礼を言いに来た。ちょうど医務室に来ていた由良にも遭遇して、上川はくしゃりと顔を歪める。
「ほんと、情けねーよな。こんなナースマン、由良さんも愛想を尽かせるわけだ」
「上川さん……無事でよかったです」
由良が心配そうに声をかけると、上川は肩をすくめて、「ほんとごめんな」と言葉を返す。
上川は一度深く息をつくと、席を立って由良の前にやって来る。
「な、由良さん。先生は冷たい人じゃないよ」
由良の隣で、勇人が何かに気づいたように目を細める。上川君、と勇人が言ったときには、上川はその言葉を切り出していた。
「妹さんだって、必死で救命したんだ。でも、彼女は本当に重症で……悲しい結果になったから、噂がふくらんだだけで」
上川は由良の肩を叩いて、励ますように言う。
「俺もあのときオペ室にいたから知ってる。そのこと、由良さんのお兄さんにも伝えるよ。……これくらいの礼、してもいいよな」
上川はそう言葉を切って、医務室を出て行った。その後、上川からお見合いを破談にしたいと連絡が入った。
まもなく上川も実家の病院に戻ることになって、明るくて世話焼きなナースマンは二人の前から姿を消した。
「由良さん、救急車を呼んで! そこの彼はバケツとコップ、あと水をピッチャーで持ってきてください!」
由良とアルバイトは、急いで勇人の指示に従った。その間に勇人は上川の体勢を整えて喉元を楽にさせると、屈みこんで呼びかける。
「上川君、聞こえますか? 上川君? 聞こえたら手を動かして」
勇人が肩を叩くと、上川はうめきながらもぴくりと手を動かした。勇人は目を細めて、言葉を続ける。
「そう、そのまま。寝てはいけません。……由良さん、上川君の飲酒量はわかりますか?」
「え……と、ジョッキで三杯くらい」
「彼は酒が飲めないんです。完全に飲みすぎですね。でも血中アルコール濃度が下がらないと危険もある」
勇人は由良に手伝ってもらいながら上川の上半身を起こす。
「水は飲めますか? 少しずつでいいから飲んでください」
勇人は声をかけ続けながら、上川の口元に水を運ぶ。上川は少し水を飲んだものの、すぐに苦しそうにせき込んだ。
「吐いていいですよ! どんどん吐いて。でも少しずつ水も飲んで。君も看護師だからわかるでしょう?」
水、バケツ、また水、バケツ。
それから救急車が来る十五分後まで、二人は上川を介抱していた。幸い救急車に引き渡す頃には上川の意識ははっきりしていて、顔色も血の気が戻っていた。
上川はちらっと勇人を見て、悔しそうに悪態をつく。
「くそ……。やっぱこういうとき……北条ドクターに敵わねーや」
勇人はそれを聞いて、苦笑しながら上川に言った。
「君が介抱されてどうするんですか。「鉄骨」と言われたナースマンでしょう?」
「ちぇ……」
担架の上で上川は舌打ちして、大人しく運ばれるままになった。
由良は全身にびっしりと汗をかいていて、しばらく上がった呼吸を整えられずにいた。そっと勇人に背中を叩かれるまで、これが現実だという実感さえなかった。
「もう大丈夫。由良さんも、よくがんばった」
「は……ぁ、ほ、ほんとです……か?」
「ええ。看護師を志した経験が役に立ったんですよ。冷静に対応できていました」
勇人は由良を労うと、先に立ち上がって由良を助け起こす。
「明日、一緒にお見舞いに行きましょう。おそらく心配ないと思いますが」
勇人の言葉のとおり、上川の容態は翌日には全快していて、彼はさっさと自分で退院の手続きを取っていた。
その翌々日には、上川は職場にも復帰して、ばつが悪そうに勇人に礼を言いに来た。ちょうど医務室に来ていた由良にも遭遇して、上川はくしゃりと顔を歪める。
「ほんと、情けねーよな。こんなナースマン、由良さんも愛想を尽かせるわけだ」
「上川さん……無事でよかったです」
由良が心配そうに声をかけると、上川は肩をすくめて、「ほんとごめんな」と言葉を返す。
上川は一度深く息をつくと、席を立って由良の前にやって来る。
「な、由良さん。先生は冷たい人じゃないよ」
由良の隣で、勇人が何かに気づいたように目を細める。上川君、と勇人が言ったときには、上川はその言葉を切り出していた。
「妹さんだって、必死で救命したんだ。でも、彼女は本当に重症で……悲しい結果になったから、噂がふくらんだだけで」
上川は由良の肩を叩いて、励ますように言う。
「俺もあのときオペ室にいたから知ってる。そのこと、由良さんのお兄さんにも伝えるよ。……これくらいの礼、してもいいよな」
上川はそう言葉を切って、医務室を出て行った。その後、上川からお見合いを破談にしたいと連絡が入った。
まもなく上川も実家の病院に戻ることになって、明るくて世話焼きなナースマンは二人の前から姿を消した。