覆面女子とヤンキー王子 ~今度のキスは、止めらんねぇからな!~

第三話

「なんで正直に言わないの!」

 ここは学校の屋上。
 昼休みなのでグランドはもちろん、校舎の方も賑やかだ。そこここで生徒たちが行き交っている。

「隠したって、そのうちバレんだから」

 転落防止のフェンスにもたれる美咲の足元で、膝を抱えてうずくまる私。
 美咲は憮然とした表情のまま続ける。

「そもそも山田ってヤツをぶっ飛ばしたのって、絡まれてた女子中学生を助るためだったんでしょ? 隠す必要ないじゃん!」
「だって旬の親友だよ!」

 私は肩を落とす。

「股間を蹴り上げただなんて……言えないよ。絶対に嫌われる! せっかくデキた彼氏なのに。こんなことで失恋すんのは嫌だ!」
「あのねえ……」

 美咲は小袋のポテトスナックをつまむ。

「後悔してんの? 中坊を助けたこと」

 私は少し、頭を上げる。
 しばらく考えて、頭を左右に振った。

「だったら尚更隠す必要ないじゃん。『ニャングスター』なら、きっとせあと同じことをしたんじゃない?」

 小学生のころ、父親に連れられて女子プロレスを見に行った。
 その時のメインイベントが「ニャングスター」だった。
 悪役レスラーと戦う姿がカッコよくて、何より彼女が言った「悪事を見てみぬふりをして、明日嗅ぐマタタビで酔えるかよ!」のマイクパフォーマンスに心を掴まれた。
 それ以来、「ニャングスター」のファンになったというわけだ。
 美咲はしみじみといった感じで言った。

「永久輝ってさあ。そういう奴じゃないと思うけどなあ」

 なおも顔を伏せたままうずくまっていると、美咲の声が急に沈んだ雰囲気になる。言いにくいことを口にする時によくあるトーンだ。

「やっぱ、中学時代のトラウマのせいで、人のことを信じらんないわけ?」

 私の脳裏にまた「あの光景」がフラッシュバックする。
 昨日まで笑顔で話していたクラスメート全員が、嫌悪感を張り付けた表情で私を見る──

《この淫乱女!》
《サイテー!》
《近寄らないでよ!》

 頭を抱えたその時、「ここにいたのか!」と一際明るい声。
 旬がやって来たようだ。
 顔を上げると、やはり例の屈託のない笑みを浮かべていた。
 今一番見たくない笑顔だ。
 私は慌てて覆面を被る。

「探したぞ、せあ」

 旬は軽快な足取りでやって来ると、私の隣に腰を下ろすのだった。

「ビックリしたよ。花瑞とモメた生徒を探してる途中で、急に『用事を思い出した』っていなくなるからさ」
「ごめん……」
「もしかしてやりたくなかった?」

 旬が私の顔を覗き込んでくる。

「もし嫌なら、俺から涼と真斗に言っとくけど」
「そ、そういうわけじゃないんだけど……」
「けど?」

 気まずい雰囲気になったところで「さてと」と、美咲が明るい調子で言った。
 もしかしたら少しでも重苦しくならないようにとの気遣いだったのかもしれない。

「夫婦がイチャついてるところを邪魔しちゃ悪いから、アタシは退散するわ」
「え? どこ行くの?」
「売店。パン買って来る」
「じゃ、これあげる」

 私が差し出した弁当箱を見て、美咲は綺麗に整えた弓型の眉毛を寄せたのだった。

「何?」
「いつもお菓子ばっかじゃん。だから美咲の分も作ってきた」
「はあ? そんなこと頼んでないんだけど」
「そうだけど……お母さん、入院してて大変なんでしょ」
「せあって……」

 おもむろに抱きしめられる。
 私は驚いて目を白黒させるのだった。

「せあって本当にいい奴だな!」
「そんな、お弁当くらいで大袈裟な……」
「おい! 永久輝」

 美咲は私の肩越しに旬を見る。

「せあのこと泣かしたら、アタシがぶっ飛ばす。いいな?」
「了解。でも、絶対に泣かせないから心配しないでいいよ」
「本当だろうな!」
「本当だって」

 美咲は私を真っ直ぐに見つめる。

「じゃ、せあ。ありがたくいただくから」
「え? 一緒に食べようよ」

 するとそっと私の耳元に口を近づける。

「永久輝のこと、信じていいと思うよ。第一、せあはなんにも悪くないんだから。もしもせあが責められるなら、それは周りがクソだ。そん時はアタシが全員ぶっ飛ばしてやるから」
「美咲……」
「じゃ、頑張れよ!」

 そう言って行ってしまう親友の背中を見送ると、私はトボトボと旬のところへ戻る。

「最後、何話してたの?」
「べ、別に……」
「そっか。てか、やっぱせあっていい奴だよな」
「そんなことないけど……」
「紫門の分の弁当を作ってたから、今日遅刻したってわけだ」
「いや……起きるの遅かっただけで……」
「昔から変わんないよね。せあって」
「ん?」
「そう。困ってる奴のこと、放っておけないところがさ」
「昔からって、どういう──」

 旬がじっと私を見つめているのだ。

「な、何!?」
「キスしてもいい?」

 私はドギマギしながらあたりを見回す。
 誰も私たちのことなど気にしてはいないが、それでも数人、生徒たちがいるのだ。

「こ、こんなところで!?」
「だって、今朝キスし損ねたじゃん?」

 旬の顔が近づいて来る。

「ご、ごめんなさい!」

 私は思わず突き飛ばしてしまう。戸惑った表情の旬。

「ごめんなさい……私」

 濁りのない彼の瞳に見つめられ、私はいたたまれなくなるのだった。

「ごめんなさい!」

 私は走ってその場を去ることしかできなかった。

「せあ!」

 旬はふと今まで私が座っていた場所に視線を落とす。
 そこには紺色の手帳が落ちていたのだった。
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