覆面女子とヤンキー王子 ~今度のキスは、止めらんねぇからな!~
第五話
(私のことなんて誰も知らない学校に来れば、心機一転やり直せると思ってたのに……)
抱えた膝に額を押し付ける。
涙が溢れてきて止まらない。
鼻をすすると、カビの臭いが鼻を突いた。
(学校……辞めるかな……)
そんなことを考えていたら、おもむろにドアが開けられる。
差し込んできた光に私は目を細めた。
「なんだよ、せあ。ホントにいるじゃん!」
逆光なので姿は判然としなかったが、少し笑みを含んだその声を聞いて、すぐに誰が来たのか分かった。
旬だ。
そして私が今、一番会いたくない相手だ。
「美咲の言った通りだな。せあは落ち込むと暗くて狭いところに閉じ籠る癖があるから、きっと体育館倉庫だろって言われてさ」
アイツめ……余計なことを!
もう絶交だ! 美咲なんてもう親友でもなんでない!
旬が入って来るのがわかったので、私は覆面を被ると、四つん這いになりそそくさと奥へと逃げる。
今さら、一体どんな顔をして旬と会えばいいかわからないから──
「全部終わったから」
「え?」
振り返ると、旬はにこやかな笑みを浮かべて私のそばまでやって来る。そしてためらう様子も見せず、埃まみれの倉庫の床に腰を下ろしたのだった。
「花瑞の人たちを、ひ、一人でやっつけたの!?」
「まさか」
旬は苦笑いを浮かべたが、すぐに真剣な表情へと変わる。
「でも、山田はぶっ飛ばして来たから」
「し、親友なのに!?」
「親友?」
「だって……幼馴染だって……」
「アイツとは子供のころから家が近所だってだけだよ。だからって親友ってわけじゃないよ。つーか、どっちかつうと嫌いなタイプだし」
「そ、そうなの!?」
なんだか拍子抜けたした気分だ。が、私はすぐに我に返る。
山田が旬の親友ではなかったからと言って、状況は何も変わってはいないのだから。
「わ、私のこと……嫌いになったでしょ?」
「なんで?」
「なんでって……」
私はうつむいて言葉を詰まらせていると、旬に頭をポンポンされた。
「中学時代に、イジメられてた男子生徒を助けたんだろ?」
驚いて旬を見る。
表情はとても穏やかだった。
「せあがあの場から走り去った後、紫門がみんなに説明してくれたんだよ」
「み、美咲が……」
「助けた男子生徒が転校したら、今度はせあイジメのターゲットがになったって。で、誰とでも寝る女だの、人のカレシを寝取っただのデタラメな噂を流されたらしいな。美咲は目に涙をためながらさ、『だからせあは何も悪くない! せあは正しいことをしたんだ』って必死に訴えてたんよ」
「そ、そんなことがあったんだ……」
「せあがいなくなった後、大変だったんだからな」
そう言って首をさすっている。よく見ると引っかき傷が見えた。
「紫門の奴、『アタシの親友を侮辱するヤツは、アタシが相手になってやる!』って言ってさ、山田につかみかかろうとすんだよ。止めるに苦労させれたんだからな」
「もしかしてその傷は美咲が……」
「俺なんかまだマシな方だから。涼なんて殴られるわ蹴られるわで──」
私は鼻を啜る。
ジュルリと鳴った。
親友じゃないって言ったのは取り消し。
美咲、大好きだ!
「せあも、良い親友に出会えたんだな」
「うん……」
「せあの言う通りだ。この世の中、クソ野郎だらけだけど、そんなの全部帳消しになるくらいの出会いがある」
「ん?」
「ん?」
旬は微笑みながら私を見ると、眉をハの字にした。
「せあってさぁ」
「な、何?」
「本当に気付いてないわけ?」
「気づいてないって、なんのこと?」
「中学時代に、せあに助けられたイジメられっ子って俺なんだけど」
しばらく時が止まったかのようだった。
この人は一体何を言っているのだろう。
頭の中で反芻して、ようやく飲み込むことができた。
「ええええっ!?」
「やっぱ覚えてなかったのか」
「だ、だ、だって……名前が違うし……」
「永久輝はお袋の旧姓。離婚してお袋の母親の田舎に引っ越すことになったんだ。急なことだったんで、せあにお礼も言えずに転校することになっちまったってわけ」
「そ、そうなんだ……」
「ごめんんな。俺を助けたばっかりに、嫌な思いをさせちゃって」
「わ、私が勝手にやったお節介なんだから……」
「だけど、せあが言ってくれたあの言葉があったから、今の俺があるんだ。そして実際に涼と真斗に出会えたし」
「そ、それは良かった……」
「つうかさあ」
旬の手を私の肩に回される。
「山田が言ったことがデタラメなら、あの場で否定すりゃあいいじゃん。なんだって逃げちゃうんだよ」
「だって……」
私は涙を拭う。
「旬にだけは……旬にだけは、あんな風に言われてるところを見られたくなかったし……」
隣で生唾を飲み込む音がした。
そちらを見ると、旬が頬を赤らめてる。
「そ、それに……抗争のきっかけを作っちゃったわけだし……」
旬の顔を徐々に近づいて来る。
「でも、山田をぶっ飛ばしたのって、絡まれてた女子中学生を助けるためだったんだろ?」
「な、な、何で知って──」
旬の手には例の女子中学生の生徒手帳が握られていた。
ハッとして私は自分のポケットをまさぐる。
ない。
どうやら落としたのを旬が拾ってくれたようだ。
「ここ、妹が通ってる中学なんだ。さっき電話して全部聞いた」
「で、で、でも、きゅ、休戦協定を破ったんんだし……」
「『家族には手を出してはならない。家族は親兄弟はもちろん、その友人知人も該当する。このルールを破った者は直ちに詫びを入れる』ってことになってんだ。つまり山田は俺の妹の友達──俺の身内に手を出したってわけだ。だから休戦協定を破ったのは山田の方だから」
「そ、そんなことで納得すんの!?」
「言っただろ。天海さんは話が分かる人だって。俺が山田をぶっ飛ばした後、ちゃんと詫びをいれてくれたよ」
「でも──」
覆面をはぎ取られる。
泣き腫らした瞼や崩れたメイク顔をさらす羽目になってしまった。
「ちょ、ちょっと……ヤダ……よ……」
「いいから」
旬の顔は火照り、息が荒くなっている。
吐息が私の顔にかかる。火傷してしまいそうなくらいに熱かった。
「今度のキスは、止めらんねえからな!」
「ちょっ──」
私が何かを言う前に、旬の唇でふさがれてしまうのだった。
《終わり》
抱えた膝に額を押し付ける。
涙が溢れてきて止まらない。
鼻をすすると、カビの臭いが鼻を突いた。
(学校……辞めるかな……)
そんなことを考えていたら、おもむろにドアが開けられる。
差し込んできた光に私は目を細めた。
「なんだよ、せあ。ホントにいるじゃん!」
逆光なので姿は判然としなかったが、少し笑みを含んだその声を聞いて、すぐに誰が来たのか分かった。
旬だ。
そして私が今、一番会いたくない相手だ。
「美咲の言った通りだな。せあは落ち込むと暗くて狭いところに閉じ籠る癖があるから、きっと体育館倉庫だろって言われてさ」
アイツめ……余計なことを!
もう絶交だ! 美咲なんてもう親友でもなんでない!
旬が入って来るのがわかったので、私は覆面を被ると、四つん這いになりそそくさと奥へと逃げる。
今さら、一体どんな顔をして旬と会えばいいかわからないから──
「全部終わったから」
「え?」
振り返ると、旬はにこやかな笑みを浮かべて私のそばまでやって来る。そしてためらう様子も見せず、埃まみれの倉庫の床に腰を下ろしたのだった。
「花瑞の人たちを、ひ、一人でやっつけたの!?」
「まさか」
旬は苦笑いを浮かべたが、すぐに真剣な表情へと変わる。
「でも、山田はぶっ飛ばして来たから」
「し、親友なのに!?」
「親友?」
「だって……幼馴染だって……」
「アイツとは子供のころから家が近所だってだけだよ。だからって親友ってわけじゃないよ。つーか、どっちかつうと嫌いなタイプだし」
「そ、そうなの!?」
なんだか拍子抜けたした気分だ。が、私はすぐに我に返る。
山田が旬の親友ではなかったからと言って、状況は何も変わってはいないのだから。
「わ、私のこと……嫌いになったでしょ?」
「なんで?」
「なんでって……」
私はうつむいて言葉を詰まらせていると、旬に頭をポンポンされた。
「中学時代に、イジメられてた男子生徒を助けたんだろ?」
驚いて旬を見る。
表情はとても穏やかだった。
「せあがあの場から走り去った後、紫門がみんなに説明してくれたんだよ」
「み、美咲が……」
「助けた男子生徒が転校したら、今度はせあイジメのターゲットがになったって。で、誰とでも寝る女だの、人のカレシを寝取っただのデタラメな噂を流されたらしいな。美咲は目に涙をためながらさ、『だからせあは何も悪くない! せあは正しいことをしたんだ』って必死に訴えてたんよ」
「そ、そんなことがあったんだ……」
「せあがいなくなった後、大変だったんだからな」
そう言って首をさすっている。よく見ると引っかき傷が見えた。
「紫門の奴、『アタシの親友を侮辱するヤツは、アタシが相手になってやる!』って言ってさ、山田につかみかかろうとすんだよ。止めるに苦労させれたんだからな」
「もしかしてその傷は美咲が……」
「俺なんかまだマシな方だから。涼なんて殴られるわ蹴られるわで──」
私は鼻を啜る。
ジュルリと鳴った。
親友じゃないって言ったのは取り消し。
美咲、大好きだ!
「せあも、良い親友に出会えたんだな」
「うん……」
「せあの言う通りだ。この世の中、クソ野郎だらけだけど、そんなの全部帳消しになるくらいの出会いがある」
「ん?」
「ん?」
旬は微笑みながら私を見ると、眉をハの字にした。
「せあってさぁ」
「な、何?」
「本当に気付いてないわけ?」
「気づいてないって、なんのこと?」
「中学時代に、せあに助けられたイジメられっ子って俺なんだけど」
しばらく時が止まったかのようだった。
この人は一体何を言っているのだろう。
頭の中で反芻して、ようやく飲み込むことができた。
「ええええっ!?」
「やっぱ覚えてなかったのか」
「だ、だ、だって……名前が違うし……」
「永久輝はお袋の旧姓。離婚してお袋の母親の田舎に引っ越すことになったんだ。急なことだったんで、せあにお礼も言えずに転校することになっちまったってわけ」
「そ、そうなんだ……」
「ごめんんな。俺を助けたばっかりに、嫌な思いをさせちゃって」
「わ、私が勝手にやったお節介なんだから……」
「だけど、せあが言ってくれたあの言葉があったから、今の俺があるんだ。そして実際に涼と真斗に出会えたし」
「そ、それは良かった……」
「つうかさあ」
旬の手を私の肩に回される。
「山田が言ったことがデタラメなら、あの場で否定すりゃあいいじゃん。なんだって逃げちゃうんだよ」
「だって……」
私は涙を拭う。
「旬にだけは……旬にだけは、あんな風に言われてるところを見られたくなかったし……」
隣で生唾を飲み込む音がした。
そちらを見ると、旬が頬を赤らめてる。
「そ、それに……抗争のきっかけを作っちゃったわけだし……」
旬の顔を徐々に近づいて来る。
「でも、山田をぶっ飛ばしたのって、絡まれてた女子中学生を助けるためだったんだろ?」
「な、な、何で知って──」
旬の手には例の女子中学生の生徒手帳が握られていた。
ハッとして私は自分のポケットをまさぐる。
ない。
どうやら落としたのを旬が拾ってくれたようだ。
「ここ、妹が通ってる中学なんだ。さっき電話して全部聞いた」
「で、で、でも、きゅ、休戦協定を破ったんんだし……」
「『家族には手を出してはならない。家族は親兄弟はもちろん、その友人知人も該当する。このルールを破った者は直ちに詫びを入れる』ってことになってんだ。つまり山田は俺の妹の友達──俺の身内に手を出したってわけだ。だから休戦協定を破ったのは山田の方だから」
「そ、そんなことで納得すんの!?」
「言っただろ。天海さんは話が分かる人だって。俺が山田をぶっ飛ばした後、ちゃんと詫びをいれてくれたよ」
「でも──」
覆面をはぎ取られる。
泣き腫らした瞼や崩れたメイク顔をさらす羽目になってしまった。
「ちょ、ちょっと……ヤダ……よ……」
「いいから」
旬の顔は火照り、息が荒くなっている。
吐息が私の顔にかかる。火傷してしまいそうなくらいに熱かった。
「今度のキスは、止めらんねえからな!」
「ちょっ──」
私が何かを言う前に、旬の唇でふさがれてしまうのだった。
《終わり》
