本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます ~side story ~
川口直人 61
――10時
俺は会社を見上げていた。今日、支店長に仕事を辞めさせて貰う様に話をしなくてはならない。リュックの中には退職届けが入っている。
会社を辞めたくはなかった。
この支店に配属された新人は俺しかいなかったが、先輩たちは皆いい人達ばかりだった。仕事は肉体労働で正直きつい部分もあったけれども、それでもとてもやりがいがあって、この仕事が好きだった。
そして何より……ここで働いていなければ鈴音と出会うことも無かった。
それなのに、あの親子のせいで人生を狂わされてしまった。
恋人と別れさせられ、嫌悪感しか感じない女と婚約させられる。そして好きだった仕事まで奪われてしまう……。
常盤社長は俺を婿養子にしようと考えていた。いずれは常盤商事の社長にしてやると言われたが、そんなものには一切興味が無かった。日本屈指の大企業の社長なんて興味もない。俺はただ……愛する鈴音と結婚し、ささやかだけど幸せな家庭を築きたかっただけなのに……。
悪夢としか言いようが無かった。もう、この先希望も何も持てなかった。俺は心を殺してこの先、何十年も生きていかなければならないのだろうか……。
深いため息をつくと、重たい足取りで会社へ入っていった――
****
出勤した途端、会社の人達が何故か驚いた顔で俺を見てきた。そして1人の先輩が声をかけてきた。
「川口……お前、何でここに来たんだよ」
「え? 何でって……仕事だから来ただけですけど?」
一体先輩は何を言ってるのだろう?
「お前、会社辞めたんだろう? 今朝、朝礼で支店長が言っていたぞ?」
「ああ。突然の話で驚いたよ」
「常盤商事って会社に引き抜かれたんだよな?」
その言葉に耳を疑った。俺は遅番だったから、朝礼には参加していない。
「ど、どういう事ですか!?」
「え? 支店長が話していたけど、今朝突然あの常盤商事の社長がこの支店にやってきたらしい。それで川口を社員として抜擢することになったから、本日付で辞めさせて来れと言いに来たそうだ。それで……」
「な、何ですって!?」
先輩の話を最後まで聞かずに事務所を出ると、支店長室へと走った。
――コンコンコン!
乱暴に扉をノックした。
「支店長、俺です。川口です!」
「入っていいぞ」
中から返事があったので扉を開けた。
「失礼します」
後ろ手に扉をしめると、デスクに向かって座っていた支店長に尋ねた。
「支店長、先輩達に話を聞きましたが……どういう事ですか? 自分が本日付で退職なんて」
すると今年定年を迎える支店長がため息をついた。
「こちらだって驚いている。今朝いきなりあの常盤商事の社長が現れて、川口直人は我社で引き抜いたので本日付で退職させて欲しいと言って来たのだから。この会社はもともと母体が常盤商事だったんだ。そこから独立して今の会社に変わったんだよ」
「え……? そ、そうなのですか……?」
そんな事実、少しも知らなかった。
「大元の会社の社長命令だ……無下にすることが出来るはずないだろう? そこで特例だが、急遽君の退職を受理したんだよ。……私物を片付けたら、常盤商事に来るように伝言も受けた」
「そ、そんな……」
呆然とする俺に支店長は言った。
「短い間だったけど……一緒に働けて良かったよ。元気でな、川口君」
「……はい。お世話に……なりました……」
この日……俺は常盤社長によって会社を辞めさせられてしまった――
俺は会社を見上げていた。今日、支店長に仕事を辞めさせて貰う様に話をしなくてはならない。リュックの中には退職届けが入っている。
会社を辞めたくはなかった。
この支店に配属された新人は俺しかいなかったが、先輩たちは皆いい人達ばかりだった。仕事は肉体労働で正直きつい部分もあったけれども、それでもとてもやりがいがあって、この仕事が好きだった。
そして何より……ここで働いていなければ鈴音と出会うことも無かった。
それなのに、あの親子のせいで人生を狂わされてしまった。
恋人と別れさせられ、嫌悪感しか感じない女と婚約させられる。そして好きだった仕事まで奪われてしまう……。
常盤社長は俺を婿養子にしようと考えていた。いずれは常盤商事の社長にしてやると言われたが、そんなものには一切興味が無かった。日本屈指の大企業の社長なんて興味もない。俺はただ……愛する鈴音と結婚し、ささやかだけど幸せな家庭を築きたかっただけなのに……。
悪夢としか言いようが無かった。もう、この先希望も何も持てなかった。俺は心を殺してこの先、何十年も生きていかなければならないのだろうか……。
深いため息をつくと、重たい足取りで会社へ入っていった――
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出勤した途端、会社の人達が何故か驚いた顔で俺を見てきた。そして1人の先輩が声をかけてきた。
「川口……お前、何でここに来たんだよ」
「え? 何でって……仕事だから来ただけですけど?」
一体先輩は何を言ってるのだろう?
「お前、会社辞めたんだろう? 今朝、朝礼で支店長が言っていたぞ?」
「ああ。突然の話で驚いたよ」
「常盤商事って会社に引き抜かれたんだよな?」
その言葉に耳を疑った。俺は遅番だったから、朝礼には参加していない。
「ど、どういう事ですか!?」
「え? 支店長が話していたけど、今朝突然あの常盤商事の社長がこの支店にやってきたらしい。それで川口を社員として抜擢することになったから、本日付で辞めさせて来れと言いに来たそうだ。それで……」
「な、何ですって!?」
先輩の話を最後まで聞かずに事務所を出ると、支店長室へと走った。
――コンコンコン!
乱暴に扉をノックした。
「支店長、俺です。川口です!」
「入っていいぞ」
中から返事があったので扉を開けた。
「失礼します」
後ろ手に扉をしめると、デスクに向かって座っていた支店長に尋ねた。
「支店長、先輩達に話を聞きましたが……どういう事ですか? 自分が本日付で退職なんて」
すると今年定年を迎える支店長がため息をついた。
「こちらだって驚いている。今朝いきなりあの常盤商事の社長が現れて、川口直人は我社で引き抜いたので本日付で退職させて欲しいと言って来たのだから。この会社はもともと母体が常盤商事だったんだ。そこから独立して今の会社に変わったんだよ」
「え……? そ、そうなのですか……?」
そんな事実、少しも知らなかった。
「大元の会社の社長命令だ……無下にすることが出来るはずないだろう? そこで特例だが、急遽君の退職を受理したんだよ。……私物を片付けたら、常盤商事に来るように伝言も受けた」
「そ、そんな……」
呆然とする俺に支店長は言った。
「短い間だったけど……一緒に働けて良かったよ。元気でな、川口君」
「……はい。お世話に……なりました……」
この日……俺は常盤社長によって会社を辞めさせられてしまった――